最近、ほとんど怒らなくなった。


寂しい、悲しい、という憂い感覚も薄れてきた。


身体の不調が改善されてきたから、ネガティブなエネルギーが薄れ精神のバンラスが整ってきたのか、意識が変化したから身体の不調が改善されているのか・・・・自分でもよくわかりませんが、とりあえず生きる事が少しでも楽になるのはありがたい事です。


10数年ヨガや呼吸法、舞踏などをやってきて、身体の事が少しでもわかるようになってきた。


感情というのは内臓で感じられるモノが多く、またその中でも筋肉が意識を一番投影する代表格の臓器だと私は捉えています。


体験的にですね、筋肉が緩むとココロに変動がある。


そして軽い邪気みたいなものも変化していく。

アプローチ次第で抜けた~と感じる時もあります。


邪気により身体のエネルギーが混乱していたものが、シンプルに軽くなってくるという感じでしょうか・・


そうすると目の前に見えているモノが違ってくる。

同じ現象でも捉え方がポジティブになってくるのです。



ホント身体も心も面白いですよね。



私の考え方として、外側の事も自分の内側の事も全て自分が引き起こしているというスタンスではいるのですが、厳密には全部自分一人の責任であるというよりは、出会いが様々な現象を引き起こすと思っているのです。


自分が出している、もしくは内在しているエネルギーと何かが出会い、化学変化を起こし一つのエネルギーとなり表現表出されると・・・・・。


不具合を改善していくためのアプローチの方法として、精神的(霊的)な入り口からアプローチするタイプと、現実にリアリティのある(感じる)物質的な身体を入り口にするタイプがあります。


私は後者になります。


精神的なエネルギー、霊的なエネルギーは硬質ではありませんから、変化し易い部分もあるのですが、その時の場や関わる人で変化してしまい掴みきれなくなるのです。


しかし身体の場合には固体ですから変化しにくい分、つかみ易いのです。


身体から精神の奥を見る手法をとります。


では身体から感情を解きほぐせるかのかという問題になります。


簡単に言うと体を治すと心も治るのか?という事です。



感情を解きほぐすなら直接、感情にアプローチすればいいわけですが、、、、、これがどうも難しい。


心は巧妙なのです。


自分自身さえも騙す巧妙さを持っているので、どうも捉え処がない。


見ているもは見せられているモノの可能性が高いからです。


だったら変化しづらくとも、まだ捉えやすい身体からの方が性分的には合うのですよね。



感情というのは、「ムカツク(胃が)」「胸が痛い」「胸がどきどきする」「腹が立つ」「胃が痛い」「頭にくる」といったようにその多くは内臓によって感じられるモノが多い。


怒った次の日は右のお腹が硬かったりする。。。。。



では私は思う。。。。さて・・・内臓からネガティブな感情を取り除く方法ってあるのか??


心配し過ぎると呼吸器系が悪くなったり、憂い過ぎると胃腸が弱くなるというように、、、、心の使い方が間違っとるでぇ~というシグナルがわかっても、内臓からそれを取り除くのはやはり、発生したエネルギーの元である心からしかできないのかと・・・・・考えるわけです。


もちろん筋肉には心の影響がダイレクトに伝わる。


邪気も筋肉に入り込む事もある・・・・


筋肉が緊張して硬くなるという事は・・・・
全身を筋肉の縄で縛っているようなモノだと思うのです。


体の硬い人は自らを縛る事ができる、プロの緊縛師なのです(笑)


SかMか知りませんけど(笑)


雁字搦めに筋肉で縛られている、、、、そんな風に思えるのです。


縛られている事が当たり前で、縛られていない状態がどういう状態なのかわからない・・・・


それを解くにはどうしたらいいのか・・・・ということです。


ストレッチで解けば、それでいいのか???意識は関係ないのか???


いやいや関係あるでしょ。。。。絶対に!




ある感情や思考にしたがって筋肉はある部分を締めつけたり、筋肉の鎧で外敵から守ったりする。


血液循環を限定したり、必要な部分だけに呼吸をいきわたらせたり、筋肉は感情と連動し身体をコントロールする。(ように私が感じるだけですけど。)


筋肉が硬いから怒るのか?

怒るから硬くなるのか??


後者ですよね。。。恐らく。。

だって赤ちゃんは柔らかいですから。


ただ意識に連動する筋肉の緊張により、身体のなかにそれに適した感情環境がつくりだされるのは間違いないのではないかと思うのです。


悲しいときには心臓の循環量を減らしたり、怒りのときは背中の筋肉を硬直させ首筋から頭部にかけて筋肉を怒張させる。


恐れのときは呼吸筋を収縮させ息をつめたり、腹直筋を固めて腹を硬くする・・・・


そういう風に体を固めて、体内部はそれにあった感情環境となり、封印する。


そして怒りの人、悲しい人、憂いの人、心配の人、、、、、孤独な人、、、、というような人間が出来上がる。


まあもちろん私の憶測です。



そしてその緊縛状態を維持するために、それに適した感情を生み出し続けるという悪循環になる。


そこから脱出したい場合・・・

結論的にはやはり最終的には身体も精神もどちらからもアプローチの必要がある。


心だけ変えても片手落ち。

体だけやっても片手落ち。


と言う事です。




怒りがこみ上げる・・・・背中がコリ、首から頭部にかけての筋肉が怒張する。頭が痛くなる。腹が硬くなる。


まずはどうして怒っているのか?をしっかり鑑みる。

結局は自分勝手なんですよね。。。。大概ですが、自分の思い通りにならないから怒っているのです。


思い通りにしたい自分の傲慢さをちゃんと受け入れる。


元を絶たなければ繰り返すばかりですからね。


そして身体も物理的に緩める努力をする。


ヨガでもいいし、風呂に入るのでいいでしょうね。
人に揉んでもらってもいいしね・・・・呼吸法もいいでしょう。

呼吸法は深部の内臓を緩める事ができますから・・・・


何度も何度も根気良く繰り返す。。。


継続は力なり


私のモットーとする所です。。。。


筋肉縄の緊縛も取れ、怒りの元が絶たれる日までやり続ける。




私の中から怒りが出にくくなってきたのは、慢性的な頭痛から開放されるようになってからなのです。


鎮痛剤から離脱できてから、ほとんど怒りが自分の中から湧くことがなくなった・・・・・


まぁ聖人君子ではありませんから、ムカッとくることはありますが、すぐに「自分!なんで腹立ってのん??」と問いかけ続けると、怒りは自然に消えていきます。


怒った相手に詫びの気持ちが湧いてくるまで問い続けます。


ストイックですが、そういう地道な事が一番早道だったんです。


色々やってきましたが、結局は日々同じ事を淡々とやっていくしかない。。。。


私はインスタント的に物事が成るという経験をしたことがないからかもしれませんけど、やはり時間とタイミングが必要なんですよね。


ある程度、やりつくさないと本当の所にたどり着けない、、、そんな気がします。




心と体はかなり密接に繋がっています。


心の使い方を誤ると、それは自傷行為という事にもなりかねないと感じるのですよね・・・・・


実際に手首を切ったりしなくても、「あいつが憎い」と思うだけで、壁に自分の頭をガンガンぶつけるぐらいの自傷行為をやっていることなんだと、、、思うのです。


それが無意識なら、なお厄介で面倒です。

意識できないから、改善しようがありません。


ほんと身体も心も難しいですよね。

だから面白いのでしょうけど。、、、、


とりあえず今日はこのへんで。。。