私はミナミから電車で二駅目の「花園町」というところに住んでいた。


ミナミから歩いても20分程度なのだが、仕事が終わるのは深夜1時、電車もなく、お酒が入っているので、同じ方向に帰るオーナーの車で毎日帰っていた。


ただ週末になると、深夜遅くまで店が営業しているので私は先にタクシーで帰ることとなる。


週末にもなると道頓堀のタクシー乗り場は長蛇の列、長時間待つこととなる。


今ではタクシーがないという状況は考えられないことだが、あの頃はバブル全盛期で景気も良かったせいなのだろう。電車がなくなるとタクシー乗り場はすさまじい混雑だった。


まして近場だとタクシーの運転手は、とっても嫌な顔をするし、一般人が水商売の女とわかるとちょっかいを出したり、暴言を吐いたりするので一緒に列に加わると嫌な思いを一杯することとなる。


ある日、金曜日ということもあってタクシー乗り場は混乱していた・・・並んでいたら一時間は待たなければいけない。今日はそんなに飲んでないし・・歩いて帰ろう・・・と思い立った・・・・


湾岸へ続く大きな幹線道路の歩道をテクテク歩き初めた.・・・車はブンブン通るが、人は誰も通っていない。


私と言えば真っ赤なワンピースに誕生日だったのか・・・忘れたけど、なぜか花束を持っていた・・・それをブンブン振り回して鼻歌を歌いながら歩いていた。


私の家は西成区天下茶屋という場所で、日本で一番ホームレスの多い町だ。


道端にはたくさんのホームレスが寝ているが、その町では一般人とホームレスは、よりよい距離間で共存している。


どちらもあまり干渉しあわない。同じ空間にはいるが同じ次元にはいない・・・という感じ。


私もまったく気にならず歩いていた。


10分程度歩くと、高いヒールのパンプスを履いていたせいか、だんだん疲れてきた・・・後悔の念が沸いてくる。


自販機でジュースを買い、パンプスを脱ぎ道路の縁石に座り込んだ。


猛スピードで行き交う車を何も考えられない頭でボーと見ていた。


後ろでガサガサバサバサという音がした。


ホームレスのおっちゃんがMyリヤカーにダンボールを山ほど積み上げていた。


自分の身長よりも高い・・たぶん一回に、できるだけたくさん積んで業者に持って行きお金に換えるつもりなんだろう。


向きを変えておっちゃんの作業を見ているとおっちゃんが


「どないしたん?」


と声をかけてきた。


「タクシーえらい込んでて、家が花園やから歩いて帰ろう思てんけど足いたーなって・・・ちょっと休憩してんねん」


「そうか・・・わし花園とおるから乗っていくか?」


「えっ?・・・・あっ!これにのしてくれるん?」


「自転車くらいの速さにはなるで」と・・・・


私はなんの躊躇もなく即答した。


「むっちゃうれしい!!のしてって(≧∇≦)/ 」


私はリヤカーに積み上げられたダンボールの山に裸足のままよじ登ろうとした。


もうパンプスを履きたくない・・・


おっちゃんは


「ちょっとまち、きれいなダンボール敷いたるから・・・」


と積み上げられたダンボールの山の中から一つのダンボールを引っ張りだした。


私にはこのダンボールと座ろうとしたダンボールがどう違うのか、わからないけど・・・・・おっちゃんにとっては、そのダンボールが1番キレイなダンボールなんだろう・・・


そのダンボールを一番上に敷いてくれた。


「泥とか油とかついてんのもあるからまわりのダンボールはきーつけや」


といって登れるように足場を作ってくれる。


道路に平気で座り込み裸足で歩ける私としては全く気にしないのだが、おっちゃんの好意に素直に甘えることにした。


バックを首にかけ、右手に花束、左手にパンプスを持ち、まるで馬車に乗ったお姫様のように、高いダンボールの山の上にちょこんと横座りで落ちついた。


おっちゃんは


「ほんだら行くで」


と走り始めた・・・速い・・・・本当に自転車くらいの速さだ・・・心配になり


「おっちゃんゆっくりでええで・・」


「・・・・・大丈夫やでぇ・・・」


と息が切れている(⌒-⌒;) ・・・・まっいいか・・・


目線が高いのでとっても気持ちがいい。


追い越していく車のドライバー達はびっくりしたような目で私をみて、通り過ぎる。


ちょっと気持ちいい気分になってきた・・・・


花園までおっちゃんはスピードを落とさず私を乗せたリヤカーを引っ張ってくれた。


おっちゃんの行く方向と私の家の方向の分岐点で別れがきた。


そして私はお礼にタバコと缶コーヒーを2本買って、また縁石に座り2人で缶コーヒーを飲んだ。


「おっちゃん家族は・・・」


からちょっとした世間話が始まった。


缶コーヒを飲み終わり、お礼を言って別れる・・・・


「おっちゃん体きーつけや」


「ありがとう~」


おっちゃんと分かれた場所には大きな鉄格子のはまった白いビルが建っていた。


これ病院なんや・・・・


そのビルは殺風景な白い四角いなんの飾り気もないビルで、玄関は奥まったところにあり、手前にはまるで刑務所を思わせる大きな大きなレール式鉄製門扉がある・・・


学校の校門にあるような門のビッグサイズ版だ・・・よじ登ることもできないような門。


その時には全く気付かなかった。


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「看護婦募集」の看板を掲げていたのは、おっちゃんと別れた場所にあった病院だったのだ。


恐らくこの病院はずっと「看護婦募集」の看板を掲げていたのだろう。あのおっちゃんと別れた時もあったはず。


毎日この病院の前を通っているのに、この看板は私の目に入らなかった。


今、目に入りホームレスとの小さい出会いを思い出したのだ。


私はそのまま、何も考えず病院に入り、「看板をみたんですけど・・」と言っていた・・・・