よういっちゃんとはこれでさようなら。それから一度も会っていないし、連絡もとってない。


彼のその後はというと・・・・・やはり縫製業は続かなかった。


彼が家業を継ぐとなり、お披露として挨拶周りも行い、近所、縫製業仲間、取引先など皆が良かった良かったという話になったらしい。


これでこの家も安泰だということである。


彼は長男で男は1人。彼しか継ぐものはいない。お父さんもうれしかったことだろう。


しかし彼には無理であった。


私という枷がないのである。家業を継ぐ必要はない。


これは私の推測であるが、彼の家族は私と彼を結婚させたくなかった。家業を継ぐにあたって私に入ってきて欲しくなかったのだろう。(私がだめな理由はわからない(彼は言わなかったから)多分私の性格と生い立ちだろうとは思うけど。)


しかしそれは違っていた。彼が家業を継ぐということは、もれなく私がついてくるということなのである。


私がいないと家業を継ぐ必然性が彼にはない。それがわかっていなかったのではないかと思う。


私の事があかん=息子は家業が継がない。という図式になる。


ただいずれにせよ、彼は私と私の家族、そして自分の家族を巻き込み右往左往と翻弄させたのである。


今から考えると慰謝料でも、とってやればよかったと思う。100万くらいはとれたかもしれない・・・でもそんな考えも思いつかないほど、私はダメージを受けていたようである。


私の別れて彼は家業を継ぐのを止めて、家を出た。福島県内には住んでいるが、今は英語教材を通販する会社を経営している。


結構有名な会社になって、楽天市場では毎年賞をもらっているほど。楽しそうに仕事をやっているとという感じである。


まあそんなこんなで、終わった。


たぶん彼側からの言い分を聞けば、また違った展開になるとは思う。


でも彼は一切、別れるにあったって話の本質を言わなかったのである。どうして突然に私の実家に行かないと言い出したのさえも理由を言わなかった。


惰性で付き合っていた時には、私の嫌な所を見つける作業をしていたかのように、突然に不機嫌になることもあった。


彼のこの態度、きっと彼自身が傷ついたのではないかと思う。私は彼の責任にして腹を立てればいいが、彼は自分自身の往生際の悪さを露呈してしまったのである。それは居心地が悪かったと思う。


男女のこういった物語は両成敗である。だからどっちでもないけど、とりあえず私は彼をまだ許していないようである。


書いてて腹がたってきたから・・・・(笑)


しかし感謝していることもある。


私の性質は基本的には物事を自分から変えるのではなく、現れたものにうまくどう乗れるか、どう順応してそれと一緒に変化していくかということにエネルギーを注ぐ方である。


だから物事が現れないと自分が変化していかないのである。


彼が登場してくれたおかげで、私は大阪を出た。


実家からより離れたことで、結果的によかったことがたくさんある。これが近くにいたら、実家の諸事情が私にのしかかり、かなり負担になっていたと思う。


それに私のライフワークがこの東京で見つかった。


それは


「ヨガ」である。


将来はヨガで食っていくつもりである。


それに自分の事が一杯わかった。こんにカラダの事が好きだったとは想像もしなかったし、人間の心のことにとっても興味があるということもわかった。


私が生きてきた人生はとっても波乱万丈であるが、それは自分の心をしっかりと使う為でもあったのであるということもわかった。


色々な経験をすると人の事がよくわかるようになる。


人と話をしてても、テレビを見ててもとにかく面白いのである。この人は一体何をやっているのかを考えるのがとっても楽しい。


それもこれもあれも面白がれる私が出来上がったのは、この地に入るからである。


本当にここに来てよかったと思う。


よういっちゃんに感謝するばかりである。