次の日・・・・温泉に行きそのまま新幹線に乗って2人で帰ってきた。
帰ってきてその晩、彼は上機嫌で私の家にも来週行くと言い出した。彼の中ではこのお披露目会は大成功と感じていたようである。
彼の強い気持ちを確認してから私は実家に電話をして、彼と一緒に挨拶に行くと連絡をした。お父さんもみちこ(お父さんの連れ合い)も喜んでいいた。
それがそれがぁそれがぁ~である!!舌の根が乾かない翌日、彼は実家にいけないと言い出したのである。
理由をはっきりと彼は言わなかったけど、恐らくあの普通の家族が反対したようなのである。
まあその時の私のショックと不安具合は言葉には言い表せないほどであったという説明でその時の状況をお察しいただけたらと思う。
空が落ちてくると感じるほど、ショックであった。
アホかぁ~てめぇら~あほんだらぁ~
あんた私達だけの問題じゃなくなってるだぜ!!!と・・・・
でも仕方がない相手がそういうもん、どうしょうもない。
それから彼は福島の実家で縫製業をやり始めた。
結婚は延期になったが、付き合いは継続した状態でとっても不安定な状態がしばらく続き・・・・・
彼は何かを決心したように上京した。
今でも覚えているが、銀座のライオンで彼は2回目のプロポースをしたのである。
なんでもエライお坊さんに相談して、決心したそうだ・・・・アホか
しかしそれでも彼はだめだったのである。
色々と修羅場はあったが、ここで記するのは止めよう・・・悲しくなるし腹立つ・・・
結局2度目のプロポーズからなんの進展もなく(よほど家族が反対したのだろう)東京と福島の中間地点あたりでデートを繰り返した。
しかし、彼はなんの決断もせず半年、宙ぶらりんのまま連絡が途絶えた。
そして1999年12月31日に彼は別れを告げてきた。