まず最初に、町長選挙は、新風届かず、旧例のままとなった。
権力は、時代も場所も問わず、厚い壁なんだなと思う。
でもそれは、新風が無力ということではない。
有能で気力があっても、多勢に無勢では圧力が勝るってこと。
私は、とにかく自分にできることをやろうと誓ったよ。
それが、圧力に対抗する唯一の突破口だと信じている。
今回の選挙でそんなふうに思ったのは、きっと私だけじゃないだろう。
私は政治的な活動が好きじゃない。
ただ町がよくなってほしい。
そのために、個人的にできることをやろうと思う。
町が元気になるためには、町の構成員一人一人が元気になることが肝だと思うから。
投票率は70%超えと、高かった。
多くの自治体が50%を切る中、素晴らしい。
でもその中の何割かは、組織票かもしれない。
個人が自分の意思で投票して初めて、町も変わっていけると思う。
さて。
私は小さい頃からピアノを弾いているんだけど、親の意向で無理やりやらされたので、ピアノが好きで弾きたいから弾く♪という感覚がずっとわからないまま今に至る。
私は音感があって、2歳の頃には、デパートのおもちゃ売り場で、聞いた曲を覚えては、カラフルな鉄琴やミニピアノで遊んでいた。
夢中で弾いて、振り返ったら黒山の人だかりができていて、怖くて逃げたことがある。
デパートの広いスペースにはエレクトーンがあった。
少し段になったステージで、バンバカ弾いている人がいて、憧れだった。
まだ小さい私には、足も手も届かない。
小学校になったらエレクトーンを習わせてもらう約束で、3歳からオルガン教室に通った。
保育園が終わり、小学生になるタイミングで、エレクトーンかピアノか、進路を選ぶことになった。
オルガン教室の先生と、母と私で三者面談。
「よしこちゃん、エレクトーンとピアノ、どっちがいい?」
先生が嬉しそうに聞いてくれた。
答えは決まってるわね♪と言わんばかりの満面の笑みで!
わあ〜〜〜〜⭐︎ついにこの日が来た!光に包まれるような気持ちで、
「エレクトーン!!!!!!」
母の顔を見上げながら、私も満面の笑みで、意気揚々と叫んだ。
しかし、母は冷たい形相で、黙っている。
先生もきょとんとしている。
「あれ???…エレクトーン、、、だよね???」
確認のためにもう一度繰り返した私を睨みつけながら、
母は静かに、こう言い放ったのだ。
「ピアノにしなさい。」
エ???
脳みそが全然機能しない。
なに?
え?
どゆこと?
私は固まったままの満面の笑みで、母の顔を見つめるけれど、母の顔はさらに硬かった。
無言の時間が数秒経過し、私はさとった。
騙された。
私は発狂した。
約束が違う、ピアノなんて黒くて同じ音しか出ない、音もつまらない、やらない、猛烈に喚いて暴れて抗議する私を見て、先生も母を説得しようとする。しかし母は頑なだった。私の頑なも母譲りだから、エンドレスだ。
ついに業を煮やしてキレた母が、言うことを聞かないと許さないと言って、先生の前で、私を平手で叩き始めた。先生の顔色が変わった。最悪だ。
騙されるのも叩かれるのも日常茶飯事だった。理不尽な目に合うのは慣れっこだった。大人のくせに卑怯だぞ!おおやるならやりやがれ!約束は守れ!叩かれても叩かれても抵抗する私に、先生が涙目になって、止めに入った。よかった、先生が助けてくれる。
先生の口から信じられない言葉が飛び出した。
「よしこちゃん。ピアノにしなさい。」
世界は無音になった。
勝ち誇ったような母の顔と、困惑した先生の顔が輪郭だけになってぼやけていく。
奴ら、何かもっともらしいことを言って、私を置いてけぼりにしてしゃべっている。
私は自分の心が宙ぶらりんのまま、遠く空洞になっていくのを見つめていた。エレクトーンを弾ける日を夢見て、キラキラ頑張った日々が、一瞬にしてネズミ色になった。私の頭は叩かれてくちゃくちゃになり、冷たい雨に濡れて誰にも見向きもされないヒヨコみたいだ。
その後も暴れたけど、無駄だった。
だがなんと言おうと、私の心が決まっていた。
やりたいのはエレクトーン。ピアノには興味ない。ピアノやるくらいなら、オルガンの方がいい。
入学式から数日経ったある日、学校から帰ってきたら、古い借家の狭い子供部屋に黒いデカい四角体が、威圧感たっぷりに鎮座していた。
は?なんで?
怒りのあまり、私の体は一気に冷えた。
外堀を埋めてきやがった。
春なのに、震えが止まらない。
台所から様子を見にきた母は、ランドセルのまま無言で立ち尽くしている私の背中を見て、喜んでいると思ったらしい。どこをどう間違えたら、そんな勝手な解釈ができるのだろう。エプロンで手を拭きながら、うっとりした声で、いいでしょう、おばあちゃんが買ってくれたんよ、お礼の電話をしなさい、と言った。
「こんなものいらない。見たくもない。なんで勝手に買ったの。やらないって言ったじゃん。今すぐおばあちゃんに電話する、こんなもの迷惑だから、返してって言う。」
怒りと涙で震えてうまく喋れない。わうわう叫んで、暴れた。
いつものように散々叩かれ、泣き疲れて座り込んだ。狭い部屋だから、座り込んだすぐそばにピアノが突っ立っている。
歓迎されるつもりでやってきたピアノは、お邪魔だったと知り、所在なくデカい図体を縮こめようとしているように感じる。
ごめんね、君が悪いんじゃないんだと心の中で声をかける。
でも君には帰ってもらう、ごめんね。
母は祖母に電話し、猫撫で声でお礼を言っている。「よっちゃんも、もうとっても喜んで、泣いてしまったんです、お礼言いなさいって言ったんですけど、感激でうまく喋れないみたいで」とか言ってる、サイコパスかよ。おお喋ったるわ!洗いざらい!受話器を母からもぎ取り、嗚咽で震える声で「おばあちゃん。あのね。」と言いかけたら、めっちゃ嬉しそうな祖母の笑い声が耳に溢れてきた。
「おおよっちゃん、そんなに喜んでくれたら、おばあちゃん、嬉しいわ。よっちゃん、ピアノが欲しくて欲しくて、しょうがなかったんじゃなあ。エレクトーンかと思うとったけど、ほんまはピアノがいいっていうたそうやな。高いから、遠慮しとったんやてな。おばあちゃん、おじいちゃんに相談したわ。頑張ったで」
この祖母の心を潰せるほど、私は鬼畜ではなかった。潰される辛さを知っているから。何も話さず、受話器を母に渡し、家を飛び出して、泣いて走った。
一週間、二週間経ち、一向に弾かない私にキレた母は、せっかく買ったんだから弾きなさいと平手打ちを繰り返し、そんな母のヒステリーに耐えかねた父からも連日ゲンコツでぶたれ、本当にみじめに仕方なく、私のピアノ人生は始まった。
弾くと最悪な気分。でも弾かないと怒られる。せっかくおばあちゃんに買ってもらったのに勿体無いでしょう!とか言われて。何をやっているのかわからない。絶対に弾かせるために、練習時間に、母が張り付くようになった。母は、子供の頃父親を亡くし、大変苦労した。隣の裕福な家からピアノが聞こえてくるのを、羨ましくてたまらない気持ちで聞いていたそうだ。だから、よっちゃんは幸せなんだからね!それなのに文句を言い、弾かないなんて、贅沢だ!生意気だ!とか言ってくる。
だったら自分がやれよ。
今からやっても遅いのよ。
は?
練習するから、仕方なくうまくなる。音感もあるから、何かと見込まれる。いい先生につきなさいとか言われて、親はホクホクエスカレートしていった。
結局、高校3年まで続けて(というか辞めさせてもらえず)、音大受験を蹴ったことで、強制ピアノ生活は終わった。
無口になったピアノは、窓ガラスの脇でぼうっと佇んでいた。
大学進学で親元を離れ、物理的にもピアノから離れられた。
もともとエレクトーンが弾きたかったように、好きな気持ちで弾きたい。
これからは、キーボードとかを自由に弾くんだ。
そう思って、大学進学と同時にバンドに入ったが、鍵盤の上に指を置いて愕然とする。
弾きたい衝動や、弾いている実感が見つからない。
せっかくピアノから自由になれたのに。
積年の強制ピアノで、心がすっかり枯れてしまったのだろうか。
自由に弾く心を見つける旅が、ここから始まった。
心が伴わなくても、指が自動的に動く。
私は耳と指で音を鳴らす、演奏ロボットだ。一番好きなことに、心が動かない。気が狂いそうだった。
周りから称賛されても、ただ腹が立つ。辛いだけで嬉しくない。
ブチ切れたい気持ちを必死に堪えて、努めて穏やかににっこりしながら、はあどうもとか、大したことないですよとか答えていたら、妬まれたり腹を立てられたりして、どう振る舞っていいのかわからなくなった。
音大がある町の、安い楽器可の物件に引っ越して初日、商店街を歩いていたら、小さな楽器屋さんがあった。
傷だらけのアップライトピアノが狭い店内でむぎゅっと立っていた。見たことないメーカー。
13万円、と広告の裏の紙切れに、マジックインキで走り書きされている。え。少し頑張れば買えるじゃん。
ピアノって、こんな素朴でいいのか?ピカピカで威圧的で高尚なんじゃなかったのか?衝撃で思わず店内に入ってしまった。
痩せた狸のようなおじちゃんがひょこひょこ出てきて、気さくに話してくれた。
いやあ、音がいいんですよこの子はね。ちゃんと整備されてますよ。でも見た目がこんなだから、こんな値段なんです。
外見なんて音に関係ないです。なのに直したら、その分値段上がっちゃう、バカみたいでしょう。
音大生みんなが裕福なわけじゃないんでね。ピアノ運ぶのだってお金かかるでしょ。この値段なら、運送費用で買える。
それでこういう子をうちは仕入れているんです。楽器は中身ですから。
でも最近はそういう学生さんも少なくなりましたね。やっぱりみすぼらしいのはみっともないって言われちゃうんです。
あと、ブランドね。せめてヤマハ、カワイじゃないと、とかね。
昔はいろんなメーカーがあったんですよ国産ピアノは。いい材料で、いいもの作ろうって、そういう時代があったんですよ。この子も、重たいですよ。木がいいんです。
試しに音を出させてもらうと、カツーンと骨のある澄んだ音がした。きらびやかで優美で甘い音とは全く違う、ひたすら現実の音だった。こんなピアノもあるんだ。この子となら、戦友になれるかもしれない。
音楽は、自由なものなんです。ジャンルとかじゃないんです。感動なんです。
狭い店内で、おじちゃんは紅茶を出してくれながら、情熱的に話してくれた。
おじちゃんの言葉は、私の胸の奥をどんどん叩いてくれた。
おじちゃんの情熱は、宿敵だったピアノを戦友にしてくれた。
満身創痍のピアノくんが、私の人生を変えてくれた。
その後、何度か精神的にピアノが弾けなくなっても、おじちゃんのピアノがある限り、諦める気にならなかった。
アコーディオン、サックス、トイピアノをさまよいながら、ピアノと仲良くなる道を探った。
勇気を出して、弾き語り、作詞作曲を始めた。音楽教室を始め、クラシックをさらい直した。
それでも心の溝は埋まらなかった。
音楽自体は好きで、鍵盤楽器も好き。でも好きの感覚がぼやけている。
好きの前に、憎しみや虚しさが累々と横たわっている。
ネガティブな感情に支配されやすく、演奏に集中するのが難しい。投げ出したくなる。
長年弾いている癖で、演奏に失敗しないよう、ついコントロールしてしまう。
誤魔化して同じようにそつなく弾く自分に耐えられない。
こうなったら、弾きたい衝動が戻るまで、弾かないと決めた。
東京から、今の小さな町に引っ越してからの10年間、演奏する機会はほとんどなかった。
戦友くんは、毎年調律されながら、来る日も来る日も私を待ち続けてくれた。
弾かないことに決めたのは、効果があった。
10年のブランクで、指や背中の筋肉を失いつつも、心の扉に近づいていった。
ここ2年、ゆっくりピアノを再開する中で、ぼんやり見えてきた。
私は「弾きたい衝動」を探して必死にやってきたけど、逆なんじゃないか?
衝動の方が私を探しているのではないか?
私が取り戻すべきは「衝動の住処」であって、住処さえあれば、全ては元の鞘に収まるのでは?
物心ついた時から、屈する必要のないものに屈し、怯え、耐えてきた。
無意識に自分を閉じ込めてしまう習慣を見つめることにした。
「私の心は私のもの。これ以上の不法侵入は許されません。その荷物はあなたのものです、あなたの部屋にお持ち帰りください。」
怖いもの、不愉快なものを感じたら、心の中で勇気を持って断り、線を引くことにした。
実際に声にはしないけど、けっこう効果がある。
声にしないと苦しい時は、文字化して我慢しないようにする。
長らく地下の独房だった心の部屋に、一筋二筋光が射してきた。
衝動の住処もそのうちできていくだろう。
とうとう長らくの葛藤から抜け出せる日がやってきたんだ。
大好きな音楽がつまらぬ呪縛になってしまった年月は、絶望から逃げずに向き合い続けた年月として、私の中に再構築されていく。
心は目に見えない。
どんなにダメージを受けているのか、誰にもわからない。自分自身にも。
でもそんなことも、どうでもいいね。
辛抱強く自分と対話し続け、諦めないで自分の好きを見つける。
それって、音楽そのものじゃないか?
だいぶ遠回りして、歪になっちゃったけど、間違ってなかったってことでいいや。
そんなに弾けて、贅沢ですよ。
結局は、習わせてくれた親御さんに感謝じゃないですか?
嫌いではないんでしょう?
まあね。
やになるほど、いろんな人に言われてきたし、今でも言われる。
かつては傷ついたりしたけど、今は気にしない。
高価なもの。
欲しい人にとっては宝物。
ピアノに罪はないよ。
職人さんが一生懸命作ったもの。
私はピアノじゃないし、ピアノの気持ちは知ったこっちゃないが、
好きで憎らしいと言われ続けるピアノくんは、不憫だよ。
私が宙ぶらりんのままでは、ピアノも宙ぶらりんのままだ。どこにも行けずに、吊り下がっているのも、もう飽きた。
ピアノと私、二人で膝を抱えて、「な。」と土に指で絵を描いているような気分になるのは、もう飽きたよ。
今私は、ピアノの音を心から聴きたいと願って、ピアノと触れ合おうと試みているよ。
触れ合おうとする度に、ぶん殴られるような思いを味わうのだよ。
でもそんなくだらない殴打とも、そろそろおさらばだ。
ピアノが私をぶん殴るわけではないのだから。
ぶん殴ってくるのは、心無い圧力。
私が子供だった頃の大人。
私が大人になった後に絡んだ、したり顔の音楽ヤローども。
そんな過去の産物を思い出して怯えてしまう、私の弱さ。
敵は己なり。でも、一番の味方でもある。自分の味方も、自分の敵も、自分なんだ。
今楽しくピアノを弾いている人たちには、マジでこんな気持ちを味わって欲しくない。
過去は過去。今にフォーカスして、単純に挑めばいい。
いつも楽しいとか思えなくていい。
弾いている実感が生まれ始めたのが、しみじみとうれしい。
美しさに垣根はない。
あれこれ悩んでも、最終的に、そこに立ち返ればいい。
物事は単純に、単純に。
美しさの邪魔をするやつは、何人たりとも許ちまちぇん。
愛という言葉は信用ならないが、たまに見え隠れするくらいは許してやろう。
夢でも幻でもない、肉々しい記憶。
諦めようとしても、諦めきれなかったもの。
私には、取り返す権利がある。
多勢とか無勢とか、関係ない。
雄々しくネコは生きるのだ。
のだのだのだのだともそうなのだ。それは断然そうなのだ。(なのだソング/井上ひさし)