雑音微音

雑音微音

2009/5/18~日々の独り言

琴浦町カウベルタウン(旧.カウベルホール)に、しばらくぶりに行ってみた。

きっかけは、キトテトキ(木工作家)さんの展示販売。

インスタグラムあんま好きじゃないんだが、なんとなく見たカウベルタウンの記事に紹介があった。

作品の佇まいが素敵すぎた。インスタグラムありがとう。

東京にいるとき、木とり舎という木工作家さんが大好きだったんだけど、それ以来のドキン!

行くしかない。

 

並んでいる作品は、ペンダントにブローチ、ピアスや腕輪など、アクセサリーがほとんどだった。

どんぐりの形をした磁石もあった。

木の種類が豊かで面白い。

聞いたことない名前がいっぱい。

国内外、産地さまざま20種類はあったんじゃないだろうか。

 

色も、木目も、香りも、木そのままを生かして、人間が手を加えているのは成形のみ。

手に取れる森林浴といっても言い過ぎではない佇まいなんですー。あうあう。

 

そんな作品たちが、ほぼ2000〜3000円でお迎えできてしまうです。オドロキ。キケン。

 

小さなブースに張り付き、2時間近くウロウロした結果お迎えしたのは3点。

 

屋久杉の油コブのイヤーカフ(耳たぶに引っ掛けるタイプのイヤリング)。くるみの殻みたいな色。

形は、幅3センチくらいの視力検査「左」。断面の直径は8ミリくらい。

屋久杉と呼べるのは、樹齢1000年以上のものだけだそう。

油コブは、樹皮に丸く生じるコブのこと。コブの部分は水分代謝がうまくいかず、分泌物(油分)が溜まるんだそうな。ニキビ的な?

油分が多いので、木肌がとてもマイルド。香りもしっかりしている。

屋久杉の年輪は、1年で1ミリしか成長しないそうだ。木目がとっても律儀だ。

私は屋久島に行ったことがない。

それなのに、屋久杉の方から、こんな小さくなって、目の前にやってきてくれて、申し訳ないような、でもありがとうの気持ち。

小さな巨人が無言でこちらを見つめているよ。

たかだか50年ぽっちの私の耳が、1000年以上をぶら下げる。と思うと、なんともずしっと来る。背筋が伸びる思い。

 

赤松のペンダント。長さ8センチ、最大幅3センチの木のペンダントトップに、穴が開けてあり、革紐が通してある。

でっかいそろばんの玉を縦にぐー〜ーんと伸ばしたような形になった赤松の木目を観察すると、ラメ状に煌めいて見える部分があるのだった。不思議だなあ。大きいからちょっと重たい。赤松くんの命の重さのほんの一部を、私の首が感じている。

 

ジャカランダのピアス。ジャカランダは、エレキギターの材料になるハカランダのこと。

艶消しな感じの焦茶色。直径1.5センチのぷっくりした丸い玉にピアスの金属が刺さっている。

耳につけると、ブドウの実が一つぶ、ぶら下がっているみたい。サイズ的には、ベリーA位。

重みで耳たぶが引っ張られている。久しぶりの出番が強烈重力で、ピアスホールもびっくり。

 

 

木のことも説明してもらえて、すっごく楽しかった。

 

木を耳につけたり、首に下げたり、鼻先に持っていってはクンクン嗅いだりを、延々繰り返すこと2時間。

側から見たら不審者でしかなかっただろうけど、いいのだ!

思う存分堪能したですー。

また機会あったら、行きますですはい。

7月は、2つもコンサートを聴きに行った。

この地に聴きたいコンサートが来るなんて滅多になく、二つも重なるのは本当にレアケース。

 

7/19 米子公会堂 新日本フィル。川本貢司(指揮)。石井琢磨(ピアノ)。

シューマンのピアノ協奏曲イ短調をやるというので、いそいそと予約した。←大好きな曲

いつか自分も弾けたらいいなと思って、ずいぶん前に楽譜も買って、少し弾いて放置。。

長すぎて、譜読みする精神力も体力も持たない。

YouTubeで色んな人の演奏を聴いて、みんなそれぞれ解釈があるなあと思ったり、自分だったらこうするなあ♪なんて、机上旅行をやって遊んでいる。

今回は目の前で聴けるとあって、ドキドキだ。一体どう「来る」んだろう。

 

じゃん♪最初の音が始まった時の興奮たるや。

フムフム奇をてらわない、等身大の始まり。と思ったら、ピアノが結構ゆっくりめに攻めてきた。指揮者が冷静に対応する。

勢いで煽ったり、形式で流れたりしない。淡々と音がなだらかに連なって紡がれていく。ぬぬん。

 

ピアノ、ちょっとペダルが多いんじゃないか?まあいいや、そんなことより、今まで聴いたどんなバージョンとも違う。

新鮮な解釈に操られる音の羅列がこれでもかこれでもかと続き、脳内コーフン状態で、過呼吸になりそうだ。ドードー。

 

フレーズの中の、どの音を際立たせるかで、聞こえるメロディーが違ってくるのだ。

生音でこんなにわかりやすく体感したのは初めてだ。

このアイデアは、ピアニストの意図なのか?指揮者の意図なのか?

わからないけど、入念できめ細かい新しい流れが、最初から最後まで連綿と続いた。

 

今まで聴いてきたものと同じような解釈は、ほんのほんのほんのチョピッとだった。

新日本フィルって、結構尖ってるのかな?今回の指揮者が尖ってるのかな?

ピアニストさん、穏やかそうでいてかなり獰猛だー。

 

曲が終わった時は、脳内も体もくたくただった。幸せすぎた。

最大の収穫は、第二楽章が印象的だったこと。

曲の中では一番地味だと感じていた第二楽章の美しさに触れて、なんとも言えない気持ちになった。

めっちゃゆっくりな演奏に意表をつかれながら、新しい発見だらけで胸がいっぱいになった。

 

感激で頭フラフラ、とても運転できない。

近くの喫茶店で、アイスクリーム入りのアイスコーヒーをゆっくり飲み、徐々に正気を取り戻した。

 

 

 

7/26 安来市アルテピア ともとものガラクタ演奏会。

山口とも さんが、廃品をさまざまな打楽器に変える、ヘンテコおじさんに扮して、枠のない演奏を披露するひととき。

きっかけは忘れたけど、偶然youtubeで存在を知り、心打たれた。

まさか本人を目の当たりにするチャンスに恵まれようとは。

行くしかない。安来まで。たとえ運転が苦手でも。

 

面白いおじさん、というのは見せかけで、演奏は真剣勝負。容赦ないキレ。

打ってる時も素晴らしいんだけど、一番心掴まれるのは、音が止む時。

空気が止まる。

音のない時間。

痺れる。

無音の美しさ。

そこにいる生命体が、おのおの共有している数秒が、永遠の正体かもしれない。

 

それでいてどこか物悲しく、何も持ってない感じ。

終始面白く楽しく、無駄なく、飾らず、淡々と時間が過ぎていった。

 

冷静なヘンテコおじさんの残した余韻は、砂時計のキラキラした砂のように儚いくせに、永遠に繋がる扉でもある。

 

音楽のあり方は、人の数だけあるのだから、私も私を生きるだけなんよ。

感激も冷めやらぬまま、アルテピアのカフェで、牛骨ラーメンを平らげた。

ここでいう神様とは、人間の中に潜む「美しさ」が、互いに響き合う瞬間に垣間見える「煌めき」のことです。

 

大体、生活してる間、しがらみで煌めきは埋もれていることが多いのだけど、何かの拍子に、ぱあーっと放射し合う。

誰もが内蔵している。特別なものではなくて、空気くらい当たり前に大切なもの。

 

それを、常時放ってるような人に、初めて出会ったのです。5月半ば頃。

キリストや釈迦みたいに、後光が差しているわけではもちろんなく。

ジーンズはいて、シャツを着て、メガネをかけている、70台の男性なのですが、どうも透明に見える。

幽霊ではありません。実在しているけど、現実感がない。質感が感じられない。

日本語で喋っているし、靴下で畳の上に立っている。上から下まで、オーソドックスな人間男性です。

ちょっと高い声。圧のないトーン。ものすごくしなやかな姿勢。

もしアンパンマンが人間化して、70歳まで生きていたら、こんなふうになるかな?

 

博識で偏らない意識。誤魔化しのない言葉。どこまでもタイトで無駄のない動き美。武闘家?舞踏家?

目の前で楽しく喋っているこの人は、光の粒子に過ぎなくて、ものすごい速さで次元を移動し続けてるのではないか。

もし触れたら、私の手は、その体をすう〜っと抜けてしまうのではないか。

 

どこにも自在に瞬間移動できそうな、それでいてこの世のどこにも居場所がないような、圧倒的な孤独も感じる。

2時間近く喋って、もっと喋っていたかったけど、用事があるからサヨナラしました。

 

神様は、ジョニーと名乗ったのだった。ニポンジンですよ。

名前は記号みたいなもの。と軽やかに笑っておられた。

私もそう思います、ハイ。人間1匹、それ以上でも以下でもないです。

誠実で、清潔感のある、風のような人だった。

 

連絡先交換は、しなかった。そういうのじゃない気がした。風なら、いつでもそこにいるもんね。

 

色々あったけど、風に恥じない生き方をしてきた、私の人生おっけいやん。と思った。

 

ジョニーさんはちょっともう常人ではなく別格だけど、そこまで透明じゃなくても、身近にそんな美しさを持ち合わせている人と接する機会が、最近多い。

というか、ジョニーさんとの邂逅以降、そういう傾向が急速になった感がある。ちょっとオカルト?スピリチュアル?みたいで恐縮なんだけど。

 

人の美しさに触れると、それまでの色々が、一斉に無色化していく。あれもこれも、どうでもええなあ、みたいになる。

心の中に虹色の竜の赤ん坊が揺れてるような気持ちになる。

近所の人たちとのやりとりも、音楽教室の生徒さんとのやりとりも、家族も、友人も、初めていく場所の人たちも。

みんなみんな透明無色化されて、煌めく。

 

くらぽろ同盟のクラリネット奏者、田中さんも身近な神様の1人だ。

彼女が掘り起こしてくれた、私の心の瓦礫は、さらに身近な神様たちの力を借りて、形を探し続ける。

 

 

クラシックのクラリネット奏者とデュオを組むことになりまちた。

その名も「くらぽろ同盟」。

クラリネットとピアノ(ぽろん)の同盟です。

 

<同盟(どうめい)>Wikipediaより

なんらかの利害・目的・思想の一致により個人どうし・勢力どうしが協力を約束すること。

 

 

クラシックでは、菅楽器とピアノといえば、管が主で、ピアノは伴奏。が定型なんだけど、くらぽろの場合は、対等。

クラリネットがメインボーカル担当で、ピアノが楽器とコーラス担当。二人でバンド。って感じ。

 

クラリネット奏者の方(以下くらさん)は、私より10年先輩のクラシッカー。

遊び心のあるサバサバした方で、音楽面でも人格面でも、勉強になる。

彼女は譜面を見て吹くのだけど、アドリブ演奏のように、いつも新鮮な音がする。

聞いていると、自分が森の小動物になった気持ちになる。

 

私は、譜面があれば参考程度に、なければまるっと、思いついたことを弾く。

技術はおいおい取り戻すとして、グルーヴ第一。

くらさんは、「よっちゃん、弾くこと毎回違って面白い!」って言って下さるので、心強し。ありがたいでつ。

 

くらさんにはクラシックのノリがあり、私にはクラシック+他ジャンルのテイストがあり、お互いのノリの重なるところで演奏するように心がけている。

そうすると、ジャズやロックやラテンが、典型的なノリとは違う仕上がりになる。

クラシック寄りのベタな感じとも違う。

どこにも属さない感じがオモチロイのです。

正統派な奏法でありつつ、「こうじゃなきゃいけない」という決まりからずうっとはみ出していられるという、ヘンテコな開放感が、私にとって、セラピー効果になるみたい。

ただしお手本がないので、うまくいかないと不安になる。形になり始めると、すごく幸せになれる。

 

手始めに、6/1に地元の地域自主組織企画のライブに出ることにした♪

演奏できそうな場所を少しずつ探っていくのダ♪

まず最初に、町長選挙は、新風届かず、旧例のままとなった。

権力は、時代も場所も問わず、厚い壁なんだなと思う。

でもそれは、新風が無力ということではない。

有能で気力があっても、多勢に無勢では圧力が勝るってこと。

 

私は、とにかく自分にできることをやろうと誓ったよ。

それが、圧力に対抗する唯一の突破口だと信じている。

 

今回の選挙でそんなふうに思ったのは、きっと私だけじゃないだろう。

私は政治的な活動が好きじゃない。

ただ町がよくなってほしい。

そのために、個人的にできることをやろうと思う。

町が元気になるためには、町の構成員一人一人が元気になることが肝だと思うから。

 

投票率は70%超えと、高かった。

多くの自治体が50%を切る中、素晴らしい。

でもその中の何割かは、組織票かもしれない。

個人が自分の意思で投票して初めて、町も変わっていけると思う。

 

さて。

 

私は小さい頃からピアノを弾いているんだけど、親の意向で無理やりやらされたので、ピアノが好きで弾きたいから弾く♪という感覚がずっとわからないまま今に至る。

私は音感があって、2歳の頃には、デパートのおもちゃ売り場で、聞いた曲を覚えては、カラフルな鉄琴やミニピアノで遊んでいた。

夢中で弾いて、振り返ったら黒山の人だかりができていて、怖くて逃げたことがある。

デパートの広いスペースにはエレクトーンがあった。

少し段になったステージで、バンバカ弾いている人がいて、憧れだった。

まだ小さい私には、足も手も届かない。

小学校になったらエレクトーンを習わせてもらう約束で、3歳からオルガン教室に通った。

 

保育園が終わり、小学生になるタイミングで、エレクトーンかピアノか、進路を選ぶことになった。

オルガン教室の先生と、母と私で三者面談。

 

「よしこちゃん、エレクトーンとピアノ、どっちがいい?」

先生が嬉しそうに聞いてくれた。

答えは決まってるわね♪と言わんばかりの満面の笑みで!

 

わあ〜〜〜〜⭐︎ついにこの日が来た!光に包まれるような気持ちで、

 

「エレクトーン!!!!!!」

 

母の顔を見上げながら、私も満面の笑みで、意気揚々と叫んだ。

しかし、母は冷たい形相で、黙っている。

先生もきょとんとしている。

 

「あれ???…エレクトーン、、、だよね???」

確認のためにもう一度繰り返した私を睨みつけながら、

母は静かに、こう言い放ったのだ。

 

「ピアノにしなさい。」

 

エ???

 

脳みそが全然機能しない。

 

なに?

 

え?

 

どゆこと?

 

私は固まったままの満面の笑みで、母の顔を見つめるけれど、母の顔はさらに硬かった。

無言の時間が数秒経過し、私はさとった。

 

騙された。

 

私は発狂した。

約束が違う、ピアノなんて黒くて同じ音しか出ない、音もつまらない、やらない、猛烈に喚いて暴れて抗議する私を見て、先生も母を説得しようとする。しかし母は頑なだった。私の頑なも母譲りだから、エンドレスだ。

ついに業を煮やしてキレた母が、言うことを聞かないと許さないと言って、先生の前で、私を平手で叩き始めた。先生の顔色が変わった。最悪だ。

騙されるのも叩かれるのも日常茶飯事だった。理不尽な目に合うのは慣れっこだった。大人のくせに卑怯だぞ!おおやるならやりやがれ!約束は守れ!叩かれても叩かれても抵抗する私に、先生が涙目になって、止めに入った。よかった、先生が助けてくれる。

先生の口から信じられない言葉が飛び出した。

 

「よしこちゃん。ピアノにしなさい。」

 

世界は無音になった。

 

勝ち誇ったような母の顔と、困惑した先生の顔が輪郭だけになってぼやけていく。

奴ら、何かもっともらしいことを言って、私を置いてけぼりにしてしゃべっている。

私は自分の心が宙ぶらりんのまま、遠く空洞になっていくのを見つめていた。エレクトーンを弾ける日を夢見て、キラキラ頑張った日々が、一瞬にしてネズミ色になった。私の頭は叩かれてくちゃくちゃになり、冷たい雨に濡れて誰にも見向きもされないヒヨコみたいだ。

その後も暴れたけど、無駄だった。

だがなんと言おうと、私の心が決まっていた。

やりたいのはエレクトーン。ピアノには興味ない。ピアノやるくらいなら、オルガンの方がいい。

 

入学式から数日経ったある日、学校から帰ってきたら、古い借家の狭い子供部屋に黒いデカい四角体が、威圧感たっぷりに鎮座していた。

 

は?なんで?

 

怒りのあまり、私の体は一気に冷えた。

外堀を埋めてきやがった。

春なのに、震えが止まらない。

 

台所から様子を見にきた母は、ランドセルのまま無言で立ち尽くしている私の背中を見て、喜んでいると思ったらしい。どこをどう間違えたら、そんな勝手な解釈ができるのだろう。エプロンで手を拭きながら、うっとりした声で、いいでしょう、おばあちゃんが買ってくれたんよ、お礼の電話をしなさい、と言った。

 

「こんなものいらない。見たくもない。なんで勝手に買ったの。やらないって言ったじゃん。今すぐおばあちゃんに電話する、こんなもの迷惑だから、返してって言う。」

怒りと涙で震えてうまく喋れない。わうわう叫んで、暴れた。

いつものように散々叩かれ、泣き疲れて座り込んだ。狭い部屋だから、座り込んだすぐそばにピアノが突っ立っている。

歓迎されるつもりでやってきたピアノは、お邪魔だったと知り、所在なくデカい図体を縮こめようとしているように感じる。

ごめんね、君が悪いんじゃないんだと心の中で声をかける。

でも君には帰ってもらう、ごめんね。

 

母は祖母に電話し、猫撫で声でお礼を言っている。「よっちゃんも、もうとっても喜んで、泣いてしまったんです、お礼言いなさいって言ったんですけど、感激でうまく喋れないみたいで」とか言ってる、サイコパスかよ。おお喋ったるわ!洗いざらい!受話器を母からもぎ取り、嗚咽で震える声で「おばあちゃん。あのね。」と言いかけたら、めっちゃ嬉しそうな祖母の笑い声が耳に溢れてきた。

 

「おおよっちゃん、そんなに喜んでくれたら、おばあちゃん、嬉しいわ。よっちゃん、ピアノが欲しくて欲しくて、しょうがなかったんじゃなあ。エレクトーンかと思うとったけど、ほんまはピアノがいいっていうたそうやな。高いから、遠慮しとったんやてな。おばあちゃん、おじいちゃんに相談したわ。頑張ったで」

この祖母の心を潰せるほど、私は鬼畜ではなかった。潰される辛さを知っているから。何も話さず、受話器を母に渡し、家を飛び出して、泣いて走った。

 

 

一週間、二週間経ち、一向に弾かない私にキレた母は、せっかく買ったんだから弾きなさいと平手打ちを繰り返し、そんな母のヒステリーに耐えかねた父からも連日ゲンコツでぶたれ、本当にみじめに仕方なく、私のピアノ人生は始まった。

 

弾くと最悪な気分。でも弾かないと怒られる。せっかくおばあちゃんに買ってもらったのに勿体無いでしょう!とか言われて。何をやっているのかわからない。絶対に弾かせるために、練習時間に、母が張り付くようになった。母は、子供の頃父親を亡くし、大変苦労した。隣の裕福な家からピアノが聞こえてくるのを、羨ましくてたまらない気持ちで聞いていたそうだ。だから、よっちゃんは幸せなんだからね!それなのに文句を言い、弾かないなんて、贅沢だ!生意気だ!とか言ってくる。

 

だったら自分がやれよ。

 

今からやっても遅いのよ。

 

は?

 

 

練習するから、仕方なくうまくなる。音感もあるから、何かと見込まれる。いい先生につきなさいとか言われて、親はホクホクエスカレートしていった。

 

結局、高校3年まで続けて(というか辞めさせてもらえず)、音大受験を蹴ったことで、強制ピアノ生活は終わった。

無口になったピアノは、窓ガラスの脇でぼうっと佇んでいた。

大学進学で親元を離れ、物理的にもピアノから離れられた。

 

もともとエレクトーンが弾きたかったように、好きな気持ちで弾きたい。

これからは、キーボードとかを自由に弾くんだ。

そう思って、大学進学と同時にバンドに入ったが、鍵盤の上に指を置いて愕然とする。

弾きたい衝動や、弾いている実感が見つからない。

せっかくピアノから自由になれたのに。

積年の強制ピアノで、心がすっかり枯れてしまったのだろうか。

自由に弾く心を見つける旅が、ここから始まった。

 

心が伴わなくても、指が自動的に動く。

私は耳と指で音を鳴らす、演奏ロボットだ。一番好きなことに、心が動かない。気が狂いそうだった。

周りから称賛されても、ただ腹が立つ。辛いだけで嬉しくない。

ブチ切れたい気持ちを必死に堪えて、努めて穏やかににっこりしながら、はあどうもとか、大したことないですよとか答えていたら、妬まれたり腹を立てられたりして、どう振る舞っていいのかわからなくなった。

 

音大がある町の、安い楽器可の物件に引っ越して初日、商店街を歩いていたら、小さな楽器屋さんがあった。

傷だらけのアップライトピアノが狭い店内でむぎゅっと立っていた。見たことないメーカー。

13万円、と広告の裏の紙切れに、マジックインキで走り書きされている。え。少し頑張れば買えるじゃん。

ピアノって、こんな素朴でいいのか?ピカピカで威圧的で高尚なんじゃなかったのか?衝撃で思わず店内に入ってしまった。

 

痩せた狸のようなおじちゃんがひょこひょこ出てきて、気さくに話してくれた。

いやあ、音がいいんですよこの子はね。ちゃんと整備されてますよ。でも見た目がこんなだから、こんな値段なんです。

外見なんて音に関係ないです。なのに直したら、その分値段上がっちゃう、バカみたいでしょう。

音大生みんなが裕福なわけじゃないんでね。ピアノ運ぶのだってお金かかるでしょ。この値段なら、運送費用で買える。

それでこういう子をうちは仕入れているんです。楽器は中身ですから。

でも最近はそういう学生さんも少なくなりましたね。やっぱりみすぼらしいのはみっともないって言われちゃうんです。

あと、ブランドね。せめてヤマハ、カワイじゃないと、とかね。

昔はいろんなメーカーがあったんですよ国産ピアノは。いい材料で、いいもの作ろうって、そういう時代があったんですよ。この子も、重たいですよ。木がいいんです。

 

試しに音を出させてもらうと、カツーンと骨のある澄んだ音がした。きらびやかで優美で甘い音とは全く違う、ひたすら現実の音だった。こんなピアノもあるんだ。この子となら、戦友になれるかもしれない。

 

音楽は、自由なものなんです。ジャンルとかじゃないんです。感動なんです。

狭い店内で、おじちゃんは紅茶を出してくれながら、情熱的に話してくれた。

おじちゃんの言葉は、私の胸の奥をどんどん叩いてくれた。

おじちゃんの情熱は、宿敵だったピアノを戦友にしてくれた。

満身創痍のピアノくんが、私の人生を変えてくれた。

 

その後、何度か精神的にピアノが弾けなくなっても、おじちゃんのピアノがある限り、諦める気にならなかった。

アコーディオン、サックス、トイピアノをさまよいながら、ピアノと仲良くなる道を探った。

勇気を出して、弾き語り、作詞作曲を始めた。音楽教室を始め、クラシックをさらい直した。

 

それでも心の溝は埋まらなかった。

 

音楽自体は好きで、鍵盤楽器も好き。でも好きの感覚がぼやけている。

好きの前に、憎しみや虚しさが累々と横たわっている。

ネガティブな感情に支配されやすく、演奏に集中するのが難しい。投げ出したくなる。

長年弾いている癖で、演奏に失敗しないよう、ついコントロールしてしまう。

誤魔化して同じようにそつなく弾く自分に耐えられない。

こうなったら、弾きたい衝動が戻るまで、弾かないと決めた。

 

東京から、今の小さな町に引っ越してからの10年間、演奏する機会はほとんどなかった。

戦友くんは、毎年調律されながら、来る日も来る日も私を待ち続けてくれた。

弾かないことに決めたのは、効果があった。

10年のブランクで、指や背中の筋肉を失いつつも、心の扉に近づいていった。

 

ここ2年、ゆっくりピアノを再開する中で、ぼんやり見えてきた。

私は「弾きたい衝動」を探して必死にやってきたけど、逆なんじゃないか?

衝動の方が私を探しているのではないか?

私が取り戻すべきは「衝動の住処」であって、住処さえあれば、全ては元の鞘に収まるのでは?

 

物心ついた時から、屈する必要のないものに屈し、怯え、耐えてきた。

無意識に自分を閉じ込めてしまう習慣を見つめることにした。

「私の心は私のもの。これ以上の不法侵入は許されません。その荷物はあなたのものです、あなたの部屋にお持ち帰りください。」

怖いもの、不愉快なものを感じたら、心の中で勇気を持って断り、線を引くことにした。

実際に声にはしないけど、けっこう効果がある。

声にしないと苦しい時は、文字化して我慢しないようにする。

 

長らく地下の独房だった心の部屋に、一筋二筋光が射してきた。

衝動の住処もそのうちできていくだろう。

とうとう長らくの葛藤から抜け出せる日がやってきたんだ。

大好きな音楽がつまらぬ呪縛になってしまった年月は、絶望から逃げずに向き合い続けた年月として、私の中に再構築されていく。

 

心は目に見えない。

どんなにダメージを受けているのか、誰にもわからない。自分自身にも。

でもそんなことも、どうでもいいね。

 

辛抱強く自分と対話し続け、諦めないで自分の好きを見つける。

それって、音楽そのものじゃないか?

だいぶ遠回りして、歪になっちゃったけど、間違ってなかったってことでいいや。

 

 

そんなに弾けて、贅沢ですよ。

結局は、習わせてくれた親御さんに感謝じゃないですか?

嫌いではないんでしょう?

 

まあね。

やになるほど、いろんな人に言われてきたし、今でも言われる。

かつては傷ついたりしたけど、今は気にしない。

 

高価なもの。

欲しい人にとっては宝物。

ピアノに罪はないよ。

職人さんが一生懸命作ったもの。

私はピアノじゃないし、ピアノの気持ちは知ったこっちゃないが、

好きで憎らしいと言われ続けるピアノくんは、不憫だよ。

私が宙ぶらりんのままでは、ピアノも宙ぶらりんのままだ。どこにも行けずに、吊り下がっているのも、もう飽きた。

ピアノと私、二人で膝を抱えて、「な。」と土に指で絵を描いているような気分になるのは、もう飽きたよ。

 

 

今私は、ピアノの音を心から聴きたいと願って、ピアノと触れ合おうと試みているよ。

触れ合おうとする度に、ぶん殴られるような思いを味わうのだよ。

でもそんなくだらない殴打とも、そろそろおさらばだ。

ピアノが私をぶん殴るわけではないのだから。

ぶん殴ってくるのは、心無い圧力。

私が子供だった頃の大人。

私が大人になった後に絡んだ、したり顔の音楽ヤローども。

そんな過去の産物を思い出して怯えてしまう、私の弱さ。

敵は己なり。でも、一番の味方でもある。自分の味方も、自分の敵も、自分なんだ。

 

今楽しくピアノを弾いている人たちには、マジでこんな気持ちを味わって欲しくない。

 

過去は過去。今にフォーカスして、単純に挑めばいい。

いつも楽しいとか思えなくていい。

弾いている実感が生まれ始めたのが、しみじみとうれしい。

 

美しさに垣根はない。

あれこれ悩んでも、最終的に、そこに立ち返ればいい。

物事は単純に、単純に。

 

美しさの邪魔をするやつは、何人たりとも許ちまちぇん。

愛という言葉は信用ならないが、たまに見え隠れするくらいは許してやろう。

 

夢でも幻でもない、肉々しい記憶。

諦めようとしても、諦めきれなかったもの。

私には、取り返す権利がある。

多勢とか無勢とか、関係ない。

 

雄々しくネコは生きるのだ。

のだのだのだのだともそうなのだ。それは断然そうなのだ。(なのだソング/井上ひさし)