おはようございます(o^^o)
いきなりですが、当分は他に書くことも見つからないので、しばらくは江差追分について書くことにします笑
ブログに自分の知っていることを書くことで大事な復習にもなるので☆
今日は江差追分のルーツについて書きたいと思います(^O^)
最初は江戸時代。
信州中仙道で馬子唄として唄われていました。
それが全国的に広まり、一部が越後に伝わります。
越後に伝わったものは船頭たちに船唄として唄われます。
それが北前船に乗って江差に渡ってきたのが約200年前と言われています。
さらに江差では、座頭左之市によってケンリョウ節と追分を融合させ、現在の独特な唄へと姿を変えました。
☆詳しいことを知りたい方はこちらをどうぞ
私は小学生の時に、子ども新聞で江差追分についての記事を書いたことがあり、図書館でいろいろな文献を調べましたが、大筋は同じでも、細かいところはその資料によって違うようです。
少なくとも、江差追分ができるまでに関わりのあった唄がひとつではないことはたしかだと考えて良いと思います。
明日からは、江差追分の唄の内容について具体的に書きたいと思います。
※あくまでも私が個人的に調べたり学んできたことを書いているので、全てが正しい内容とは限りませんのでご了承ください‼︎笑