久しぶりにお邪魔します。

そろそろ更新する気持ちになってはいたんですが

なかなかご無沙汰してました。


久しぶりなのでとっかかりやすい話題でもネタを考えてたのですが

今日、というか昨日は日本中特別な日であったので。


まず、ご冥福をお祈りいたします。




大切な人が亡くなるという寂しさ、悲しみをボクは知りません。

それに近い体験はしたことあるけども。


自分の父親は自分が幼稚園の頃、飛行機事故で死にました。

日本航空墜落事故

とかいうやつです。

母と長男が墜落現場の山の近くの学校の体育館に運び込まれた多数の遺体の中で

父の焼け焦げ、複数にバラバラになった遺体を探しだしたそうです。

当時長男も高校1年くらいでしょうか。

その時に父の同僚に母をしっかり支えていけと言われたばかりに

母に苦労かけることなく、いわゆる真人間というか

素晴らしい人生を築いていっている。


それからいい大学に入り、いい会社に入り、理想の父親になり・・・

プレッシャーを感じていたと思う。

今後もこういうことは本人の前でいまさら恥ずかしくて言えないけど

そういうところ、尊敬してるんだぜ。


ハナシを戻して

その時、自分はまだちっちゃかったし何がなんなのか明確に把握してなかったから

感情の線に触れることでもなかったので

悲しさは無かった

かといって、大人になった今それを振り返っても

悲しい、とか、寂しい、とかそういった感情が出てこない。

母親がいればそれで全てだったし、当たり前だったから。


人の死に直面したことは1度ある。

それは血も繋がってない幼馴染のお母さん。

それはそれは息をしてないとは思えないほど生に満ちていて、美しくて

手を触れさせてもらって体温を感じ取るまでは信じられなかった。

でもやはり涙した記憶がない。


1度、人ではないけど16年ほど飼っていた犬が死んだ時

葬儀場で母親が『よくここまでがんばったね』(最期のほうは母と自分で点滴を打って看病していた)

と言った瞬間目に溢れるものがあった。


ヒトの命も動物の命もどちらがどれだけ重いとかそんなくだらない議論はおいといて

これが大切なヒトであったらどれだけ自分は追い込まれてしまうんだろうと

不安です。


そういう気持ちでいるから、同じ境遇に立っているヒトを

凄く助けたい気持ちでいっぱい。

これは自分みたいな環境(大切なヒトが不慮な事件、事故に巻き込まれた)

にいるからこそ言えるのかもしれないけど

沢山の人が死んだから、とか、そういうことではなく

一つ一つの命ををまとめ上げて事件性のあるものに仕立てるだけではなく

そのような境遇にいる一人だけでも

ただ単に身近にいるという理由だけでも



不安から解放させてあげることができたらいいと

思ってます。

けども何をしたらいいのかわかりません。

その人の世界に例の如く土足であれこれちょっかい出すのって

それが例え思いやりで在ろうとも

余計なお世話であろうし。


ただ、遠くからこういう想いで見てるだけしかできないんだろうかと

自分がそういう気持になるキッカケはあったのに

そういう気持ちにならなかったことが人生で最大の後悔。



自分にできる事、なんだろう。

なんだろう、自分にできる事って。


そっとしてあげるのがホントに正解なのか

ホントにそっとしてあげることだけが正解なのか。


答えの無い答えでは無いと思うんですよね。


ムズカシイ。



そんなこんなで、次回こそは!