推定15
玲子嬢からの手紙

彼女は同じ中学校だ。
クラスは違ったが、休み時間ごとに私に会いにきていたので
毎日会っていた。
ちなみに夜は電話でも話した。

それなのに、なぜか切手を貼られた郵送の手紙を何枚ももらっている。
非常にもったいない。こんな無駄遣いはない。

毎日会うのになぜ郵送にするのだろう。
当時の自分は疑問に思わなかったのだろうか?

虫刺されの跡って、どうやったら消えるの?
私、掻いちゃ駄目なのわかってて掻いちゃうの。


切手代をかけて伝えたい内容が、蚊に刺された跡の相談である。



彼女はとても美人だった。
両親共に純粋な日本人なのにもかかわらず、

日本人離れした顔立ちだった。
インドなどにいる、ものすごい美人みたいな顔なのに
国籍も血統も日本人だった。

さぞかしご両親は美しい顔立ちなのだろうと思ったが、
ご両親はいたって普通の顔立ちのご両親で、
血のつながりがあるとは思えないほど、全くどちらにも似ていなかった。

自分でも両親に似ていないことをネタにしており、
私、親に似ていないんだよね~。でも隣のおじさんには似ているのよ。

笑うポイントのわからない冗談を言って、
雰囲気を悪くするのが得意技だった。



蚊に刺された跡が消えなくちゃ、ミニスカートはけないよ。
なにかいい方法知らない?

美人なのに、

蚊に刺された跡なんかで悩まなくてはならなくて気の毒だ。
せっかくの美人が台無しである。

こんなに真剣に頼まれても、

私に出来るのは、掻かないように注意するくらいである。

彼女の言っているように、彼女の足や手は蚊に刺された跡で黒くなり、
水玉模様のようだった。

実は私も小学校の頃は、
痒いと我慢できずに掻いてしまい、
掻いた跡で足は水玉模様だった。
だから玲子嬢の気持ちは痛いほどにわかる。

父親は私の黒い足を心配して何度も「掻くな」と言ったが、
無意識に掻いてしまうのだからしかたがない。

今でこそ、虫さされ対策の商品はたくさんあるが
私たちが中学校の頃には、虫除けもなければ、
かゆみ止めの種類も、とても少なかった。
我が家にあったのは、チューブ式の「ムヒ」だけで
しかもこのムヒ、塗ってもかゆみがぜんぜん治まらない。
手が汚くならない分、塗らないほうがましだと思うほど、
まったく効果が無かった。

私たちが子供の頃、虫刺されの薬の代表はムヒとキンカンだった。
キンカンはムヒよりも、スースーして手も汚れず、かゆみも治まった。
それなのに我が家は、かたくなに“ムヒ派”だった。 

さんざん、掻きまくり、傷跡も最高に達した夏の終わりに、
半額になっていたキンカンを買ってきた母を恨んだのは言うまでも無い。


私はひと夏を、効果の無いムヒにイライラしながら過ごし、
自分の足は、一生水玉なんじゃないかと泣いたことさえあった。

しかし、中学生になると、なぜかあまり蚊に刺されることがなくなり、
私の足は、水玉から無地になった。

女の子は生理が始まると体質が変わることがあるらしい。
きっと、今まで蚊を呼び寄せていた私の何かが、
生理が始まったために、蚊に嫌われる何かに変わったのだ。

考えてみれば、姪(6歳) と一緒に外にいると、必ず姪が蚊に刺される。

母に、


なんで私も一緒にいるのに、私は刺されないの?


と聞くと、


蚊も若い血が好きなんじゃない?」 だって。


蚊も渋柿は食べたくないようだ。


けっ!
ただで血を吸うくせに、選り好みしやがって!

そんなことがあってからは、
私の血を無断で吸った蚊は、絶対に死刑だ。
近づいても死刑。
不法侵入も死刑。
間違って渋柿を食べてしまった蚊も気の毒だが、必ず殺す。


蚊にさされた跡に悩んでいる玲子嬢には申し訳ないが、
大人になった私でさえ、持っている知識は、
蚊は若い血が好きとか、生理で体質が変わるとか、
ぜんぜん役に立たない情報しかないので
当時だって有力な情報を教えてあげられることはなかっただろう。

今となっては、蚊に見向きもされなくなった私だが、
時々刺されると、ものすごく痒い。
昔の蚊より、絶対毒のパワーが上がっている気がする。

でも今ならきっと、蚊に刺されたくらいの痒みなら、
跡になるほど掻かなくては気がすまないほど
効果の無い痒み止めはないだろう。

玲子嬢が、安心してミニスカートが履けていることを願う。