推定17歳 
美紀嬢からの手紙


高校2年の秋、高校を退学になった美紀からの手紙だ。
美紀からの手紙はこの
1通だけ。

親が、離婚することになってね、
毎日ケンカしているから家にいたくないんだ。
早く別れるなら別れればいいのに
。」

いきなり重い内容だ。
彼女と出会ったのは高校
1年の時で、
その頃すでに美紀の親は仲が悪かった。
美紀の父親は自営業で金回りが良く、
住んでいるところは田舎だったが、
家は細木数子の京都の自宅のように広かった。

美紀の話によれば、昔は貧乏だったらしい。
3人姉妹だったので、貧乏が災いし、
食べ物やおもちゃをめぐって姉妹で血みどろの争いになることも
しばしばあるほど家計は苦しかったらしい。

私の家もそんなに裕福ではなかったので
ひとつしかないものに対するバトルは絶えなかったが
血みどろになるまで争うほどの情熱はなかった。

貧乏だったからか、夫婦仲が悪かったからなのか、
美紀は
3歳頃から小学校2年生頃まで姉妹から一人離され、
母親の実家で生活したこともあるという。
当時の記憶はまさに「おしん」のようにつらいもので、
炊事も洗濯もやらされていて手はあかぎれ、
ジャガイモの皮をむくのは私の仕事だったと言っていた。

3歳の子供に包丁でジャガイモをむかせることが
虐待になるのかどうか、当時では怪しい線だ。

父親の仕事が上手くいくようになり、
家族揃って暮らすようになって間もなく、
父親は家に帰ってこない日が増えた。

金を手にする→女が集まってくる→女よりどりみどり
と、まるで絵に描いたような家族崩壊が静かに始まり、
言うまでもなくそれは父親の浮気を物語っていた。
当然母親は子供にヤツ当たりし、
特に美紀には一番つらくあたっていた。

彼女は三
姉妹の真ん中で、
本人いわく、子供の頃の自分のアルバムは、
生まれた時の写真の次のページは
7歳の七五三という、
成長過程が全くわからない構成になっており、
姉妹のなかでもっとも写真は少なかった。

ヒステリーの母親と、浮気モノの父親の間で、
愛されている実感が持てないまま幼少期を過ごし、
美紀は反抗期に入り、エスカレーター式に不良になった。

中学時代は相当グレていたらしく、                                      写真を見せてもらったことがあるが、
まるっきり[
積木くずし ]だった。
あのままだったら絶対に仲良しにはなれなかっただろう。

当時のヤンキーは貧乏なのが当たり前だったが、
美紀は父親が惜しみなくおこずかいをくれたため、
金持ちのヤンキーとなり悪の限りを尽くした。
不良に金を与えてはならない。
シンナーで補導された美紀に母親は

あんたなんか産むんじゃなかった。
生まれてこなかったらよかったのに
。」

と言われた事もあり、美紀は深く深く傷ついていた。
しかし彼女はグレながらもちゃんと高校受験し、
更生したおかげで私達は知り合った。

明日美奈子の家に泊まりにいってもいい?」

家にいたくなかった彼女は、週末になるとよく私の家に泊まりに来た。
前にも書いたが、私の家はサザエさんのような平和な一家だったので、
どんなに頑張っても美紀の気持ちを理解することは出来なかった。
親に産まなきゃよかったなんて言われる現実が、
当たり前に愛されて育った私には信じられなかった。
母は生まれたときから母親で、父は父親以外の何者でもなかった。
私の両親に男と女は存在しなかった。

親のことで苦しまなくてはならない美紀を見ると、
いつも自分の平和な家庭が申し訳ないような気持ちになった。
そんな家族でも、美紀はそこにいるしかなく、
そこが自分の家だったから月曜日になると帰らなくてはならなかった。

いよいよ両親の離婚が決まり、美紀は父親と家に残り、
姉と妹は母親についていくことを決めた。
母親にはいつも拒絶されているような気がしていた美紀は、
母親に甘えることが出来なかったのだ。

ある日、学校にシンナーを持ってきたバカがいた。
美紀は寂しさに耐えられなかったのか、
バカと一緒に、やめたはずのシンナーを学校で吸ってしまった。
廊下でいきなり私に抱きつき、

美奈子、美奈子ぉ、もうね美紀、駄目かもしれないよ~。」

泥酔状態の酔っ払いのように美紀は言った。
抱きついた時にシンナーの匂いがしたから、
美紀がラリっているのはすぐにわかった。
先生に見つかったら大変なことになると思った私は、
美紀を屋上へ連れて行き、

美紀、だめだよ、こんなことしちゃだめだよ。
もう吸わないで、こんなことしちゃ自分がかわいそうだ。」

ラリった頭で、私の言葉が美紀の心に痛かったらしい。

何やってんだろう私・・・

その後、シンナーを吸った一人が先生に捕まり、
ラリった子はもれなく名前を挙げられて全員が退学になった。
美紀も当然退学になった。

美紀は自分で自分の人生を捨ててしまった。
美紀は確かに、親の愛情に恵まれていなかったかもしれない。
それはグレるに十分な要素であることは確かだ。
でも、自分の人生をドブに捨てることになった原因は、
いつまでも親のせいにして自分を甘やかした美紀にある。

美紀はそのまま退学し、いつのまにか連絡をとることはなくなった。
弱虫は嫌いだ。でもその弱虫が、今でも一番気にかかる。

美奈子、おばあちゃんになっても絶対一緒にいようね。」

その前に美紀、ちゃんと更生してるかな?