推定14
千夏からの手紙


美奈子、つっちーが好きなんだってね。
なんで、あいつ性格悪いんだよ。
趣味悪くない?

いきなり地雷踏みまくりのテロレターだ。
千葉の真理子嬢に匹敵するほど口が悪い。

彼女は私の出会った人の中で、
変わった女ランキングの上位にいる人物だ。

思えば彼女とは長い付き合いだった。
彼女は、卒業しても転校しても
忘れることなく私に連絡をしてきては、
相手の都合も考えずに予定を決めて
いつも私のペースを乱しまくった。

彼女は、初めて出会ったその時から、
何十年も友達だったかのように話しかけてきた。
性別と名前以外何も知らないのに、
態度だけは親戚のようだった。

人見知りな私とは対照的で、
土足どころか、無防備まっ裸で接してくる彼女に
私はいつも戸惑った。

しかしどういうわけか、彼女は私のことが大好きで、
私を喜ばすことが趣味だった。
私の好きなもの、好きなこと、喜ぶもの、
何気なく「いいな~」なんて言おうものなら
次に会う時には必ずそれを買ってきた。
彼女の前では、うっかり“いいな~”などと言えないのだ。
誕生日には毎年忘れずに花束をプレゼントしてくれて
こんなに忠実な彼女が
男じゃないことが本当に残念だった。

こんなに私に良くしてくれて嬉しい反面、
私はマイペースで思ったことをすぐ口にする彼女が
少し苦手だったのだ。

つっちーならさ、金田のほうがいいやつだよ。
つっちーは頭がいいけど、
口も上手くて嘘つきだからやめておきなよ。

もう、私が好きだといっているのだから、
黙って見守って欲しい。
好きだと思ったら、そいつが嘘つきでも詐欺師でも
都合の悪いことは見えなくなるものなのだ。
騙されて泣くまでほっといてやれ。
その時こそ君の出番だ。

彼女は中学2年の夏休み明けに
父親の住む東京へ引越した。
彼女の母親が妊娠し再婚することになったため、
彼女は邪魔にされた挙句、父親の元へ行くことになったのだ。

彼女の10代だけでもドラマが出来るほど
彼女は波乱万丈な人生を生きている。

彼女の父親は東京のヤクザだ。
大人になって戻ってきた彼女の引越しを手伝った時、
父親に一度だけ会ったことがあるが、
その世界に免疫のない私は
安岡力也みたいな、そのものズバリみたいな外見が怖くて
まともに話が出来なかった。

時はバブル期で、どの職業も大金が動き回る時代。
誰もがもれなくバブルの恩恵を受けており、
彼女の父もそうだった。

 

免許取立てで、いきなり左ハンドルのドイツ車に乗り、
リビングが20畳以上あるマンションに一人で住んでいた。

彼女を「お嬢さん」と呼ぶ子分がおかしくて、
笑いこらていたことを思い出す。

彼女の母親は、中学の時もどうしょうもない女だったが、
彼女が大人になっても、ろくな女じゃなかった。
彼女の名前で借金をするのは当たり前、
あのドイツ車も担保にされ取り上げられた。

再婚した旦那を寝取ったと、
誤解した母親につかみ掛かられ、
泣きながら電話してきたこともあった。

普通の家庭で普通に生きて、
冗談みたいに平和な家族のいる私は、
彼女の気持ちをわかってあげるどころか、
想像すらも出来なかった。

私の母親は、母親になったことはない。
いつも女だった。
それでも私の母親だから、
憎むことも恨むことも出来ない。
と、彼女はいつも言っていた。

こんなに大変な10代を過ごしていた彼女も
今では母親になり
すっかり年をとって弱く丸くなった母親と、
じじバカになった父親を、
金づると呼んでたくましく生きている。