NHKラジオの「ふんわり」の
ゲストは 歌人 の 俵 万智
( たわら まち ) さんでした。
万智さん の 短歌 には
言葉の力 のすばらしさ を
あらためて感じました。
万智さん は、
こんなことを
語って いました。
「 言い過ぎかも知れない
けど、いい歌とか
立派な歌を 作ることが
目的 では なくて
作る 過程で 自分の心と
向き合う時間を作ること
それが 歌を作ることの
醍醐味 (だいごみ) です。」
「 歌を 詠 (よ) んで
いただいたところが
ゴール という
気が しますよね。」
「 歌って みんなが 感じて
いるけど まだ 言葉になって
いない 思いに 形をつけて
いく 作業 だと 思う。」
「 あっと 思っても
思いっぱなしで
通り過ぎ ちゃったり
しますよね。
でも 歌を 作っていると
ていねい に 生きることに
つながっていくと
思うんですよね。
そこが 歌 の
いい ところ です。
その結果 収穫される
歌というのも もちろん
ありますけど。
作品 を 主産物 と
思ったら AI にも
負けると思いますね。
人生と 向きあったときに
自分の 心と 向きあう
時間 を 探して
心から 言葉 を つむぐ。
言葉 と 言葉 の 組み合わせ
は AI にもできる。
言葉を つむぐ 過程 が
歌なんです。そこが
1番 楽しい ところで
AI に やらせるのは
もったいない です。」
以下 は 万智さんの
七つ の 短歌 です。
「 この味 が いいね 」
と 君 が 言ったから
七 月 六 日 は
サ ラ ダ 記 念 日
「 寒いね 」と
話しかければ
「 寒いね 」と
答える人 の いる
あたたかさ
金曜 の 六時 に
君 に 会うために
始まっている
月曜 の 朝
白菜 が 赤帯 (あかおび)
しめて 店先に
うっふん うっふん
肩 を 並べる
(解説)
冬の店先に 並ぶ白菜の
様子を 赤い 結束紐
( けっそくひも ) と
独特の擬音語「うっふん」
で表現した ユーモラスで
新鮮な 感覚の 作品。
野菜を「 うっふん 」と
擬人化 することで
白菜の 豊満な 存在感を
ドラマチック に 表現。
作品 は 副産物 と
思うまで。
歌を 詠 (よ) むとは
心を 掘り当てること
( 解説 )
心を掘り当てること
(感情を深く探ること)
こそが 創作の本質であり、
その過程で生まれた言葉が
短歌として形になる、
と 考える 万智さん。
振り向かぬ 子を
見送れり
振り向いた 時に
振る手を 用意しながら
( 解説 )
( たわら まち ) さんでした。
万智さん の 短歌 には
言葉の力 のすばらしさ を
あらためて感じました。
万智さん は、
こんなことを
語って いました。
「 言い過ぎかも知れない
けど、いい歌とか
立派な歌を 作ることが
目的 では なくて
作る 過程で 自分の心と
向き合う時間を作ること
それが 歌を作ることの
醍醐味 (だいごみ) です。」
「 歌を 詠 (よ) んで
いただいたところが
ゴール という
気が しますよね。」
「 歌って みんなが 感じて
いるけど まだ 言葉になって
いない 思いに 形をつけて
いく 作業 だと 思う。」
「 あっと 思っても
思いっぱなしで
通り過ぎ ちゃったり
しますよね。
でも 歌を 作っていると
ていねい に 生きることに
つながっていくと
思うんですよね。
そこが 歌 の
いい ところ です。
その結果 収穫される
歌というのも もちろん
ありますけど。
作品 を 主産物 と
思ったら AI にも
負けると思いますね。
人生と 向きあったときに
自分の 心と 向きあう
時間 を 探して
心から 言葉 を つむぐ。
言葉 と 言葉 の 組み合わせ
は AI にもできる。
言葉を つむぐ 過程 が
歌なんです。そこが
1番 楽しい ところで
AI に やらせるのは
もったいない です。」
以下 は 万智さんの
七つ の 短歌 です。
「 この味 が いいね 」
と 君 が 言ったから
七 月 六 日 は
サ ラ ダ 記 念 日
「 寒いね 」と
話しかければ
「 寒いね 」と
答える人 の いる
あたたかさ
金曜 の 六時 に
君 に 会うために
始まっている
月曜 の 朝
白菜 が 赤帯 (あかおび)
しめて 店先に
うっふん うっふん
肩 を 並べる
(解説)
冬の店先に 並ぶ白菜の
様子を 赤い 結束紐
( けっそくひも ) と
独特の擬音語「うっふん」
で表現した ユーモラスで
新鮮な 感覚の 作品。
野菜を「 うっふん 」と
擬人化 することで
白菜の 豊満な 存在感を
ドラマチック に 表現。
作品 は 副産物 と
思うまで。
歌を 詠 (よ) むとは
心を 掘り当てること
( 解説 )
心を掘り当てること
(感情を深く探ること)
こそが 創作の本質であり、
その過程で生まれた言葉が
短歌として形になる、
と 考える 万智さん。
振り向かぬ 子を
見送れり
振り向いた 時に
振る手を 用意しながら
( 解説 )
この短歌に『ふんわり』の
みなさん ちょっとのあいだ
もらい泣き していました。
万智さんの 息子さんが
幼稚園児 の ときに
詠んだ 歌だそうです。
息子さんは 成長されて
「 集中 は 疲れるけど
夢中 は 疲れないんだよ 」
と言って 万智さんを
感心させたそうです。
幼稚園児 の ときに
詠んだ 歌だそうです。
息子さんは 成長されて
「 集中 は 疲れるけど
夢中 は 疲れないんだよ 」
と言って 万智さんを
感心させたそうです。
最後とは 知らぬ
最後が 過ぎてゆく
その連続と 思う
その連続と 思う
子育て
(解説)
子育ての 日常に ある
かけがえのない瞬間
( 抱っこ、など )が
あとから 振り返ると
「 あの時が 最後だった 」
と気づく 日常を 詠んだ 歌。
2020 年 刊 の 歌集
『 未来のサイズ 』に 収録。
【 出典 ( しゅってん ) 】
NHK ラジオ『 ふんわり 』
2026 年 4 月 17 日 放送。
歌集『 サラダ 記念日 』
など。
(解説)
子育ての 日常に ある
かけがえのない瞬間
( 抱っこ、など )が
あとから 振り返ると
「 あの時が 最後だった 」
と気づく 日常を 詠んだ 歌。
2020 年 刊 の 歌集
『 未来のサイズ 』に 収録。
【 出典 ( しゅってん ) 】
NHK ラジオ『 ふんわり 』
2026 年 4 月 17 日 放送。
歌集『 サラダ 記念日 』
など。