マンションに住んでる看護師にマンションに帰宅することを拒んだおじ様たちを一喝したおば様の話


保育所に通っている看護師のお子さんを 同じ保育所のお子さんたちがいじめた話


国民性の低い話を聞くことがあったが中

これはとてもいいことだと思う


地震津波の時 世界の人々に驚かれた 日本国民性のすばらしさ

忘れてはいけない

決して忘れてはいけない


今この時こそ

女優、宮城まり子さん死去 93歳 養護施設「ねむの木学園」運営

3/23(月) 3:12配信

毎日新聞

 日本で初めての肢体不自由児の養護施設「ねむの木学園」を運営してきた女優、宮城まり子(みやぎ・まりこ、本名・本目真理子=ほんめ・まりこ)さんが21日、悪性リンパ腫のため東京都内の病院で死去した。93歳。自宅は世田谷区上野毛3の22の5。

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 東京都出身。1955年に「ガード下の靴みがき」で歌手デビューした。その後、ミュージカル女優などとしても活躍し、テレビドラマ「てんてん娘」や映画「オンボロ人生」で地位を築いた。

 脳性まひの子の役を演じたことなどから障害児教育への関心を高め、68年に私財を投じて「ねむの木学園」を静岡県浜岡町(現御前崎市)に開いた。74年、障害のある子どもたちとの日々を描いた記録映画「ねむの木の詩」を製作・監督して反響を呼んだ。

 97年、施設を同県掛川市に移すとともに「ねむの木村」を開設。美術館などを併設して独自の障害児教育に取り組むとともに、全国各地で絵画展やコンサートを開いて障害者への理解を訴えてきた。

 94年7月に死去した作家の吉行淳之介氏とは、伴侶として約40年間を過ごし、99年には園内に吉行淳之介文学館も開設した。

 2012年に瑞宝小綬章を受章。上皇ご夫妻とも交流があり、18年11月にはご夫妻が私的旅行として、ねむの木学園を訪れるなどした。
 

 

 

 

 

 

 

 

宮城さんのことを知ったのは、中学の図書室。

 

本を夢中で読んだ。

 

十代の頃、大阪の大丸で絵の展示会をされ、その時お会いしたことがあった。

 

とても小柄な方だった。真っ白なセーターを着ておられた。

 

それから十年後、まさか自分も障害児の母になるとは考えもしなかった。

 

ゆっくりゆっくり受け入れる心を育ててくださったのだろうか

 

あなたが私の前にいてくださったから、絶望の闇を何度も乗り越え今日まで生きてこられた。

 

感謝しかない。

 

 

 

我が子は最重度で自分のことを自分でやることはできないので、ねむの木には行けなかった。

 

 

お疲れさまでした

 

 

 

 

 

 

 






やっと家のブルちゃん✖
もとい
思春期ヌートリアの入試が終わった
あとは合格を祈るだけ