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~旅の途中~

自分を整えれば世界が変わる

病気はいろんな事を気づかせてくれる。
医療現場にいて患者さんをみていて思う。
病気は悪じゃないんだなって。

病気は悪じゃないその1

Aさんという患者さん、常に特別扱いしてほしいをアピール。
これ、すんげぇめんどいし、ウザイ。単なる甘えだと思っていて、悪いことだと思ってた。
でも、ホリスティックな視点でみると、病気でも病気じゃなくてもその人
らしい生き方ができる事が良いってことになってる。というか、俺もそう思う。
したがって今の状態でこの人から病気をとったらなにもノコラナイ。

自分の価値を病気であることで特別扱いされることに見いだしてる思う。
だいたいこういう人は治したいなんて、これっぽっちも思ってもいないのだろう。
(治らないと思い込まされているだけかも知れないけど。どちらにしても今の状態を受け入れているからこその姿だろう)
もし、その状態を拒否しようと本気で考えたら、なにかしら今のような動きづらい状態になっても自分でなんとかするはず。
(脳のしくみとして、快楽の追及か苦痛の回避しかないわけだから、脳は、特別扱いされることに快楽を見いだしたのかもしれないし、重度の障害者である事の苦痛を回避するために、他人にそれをアピールしている可能性もある。ま、結局本人にきいてみないとわかんないが。)

そんな人を見たとき、医療従事者側からみれば治してあげたいとか、気づかせてあげようとか思ってしまうけど、実はそれは間違いかも知れない。

まず、今のところ、自分は病気であり、重度障害者であることで自分を保っている。

次に、どうにかして自分自身で何とかしようと行動してない。(見ている限りでは、普段自分でできていないと生死に関わるであろうことを人任せにしてるから。)

こんな「病気であること」で存在を見いだしているであろう人から今、病気を取り除いたら何も残らないのではないかと考えるのである。

アドラーの目的論的な解釈で考えるなら、特別扱いされたいがために、自分は重度障害者でオンリーワンなんだと言いたいのかもしれない。

そんな人を目の前にして病気や苦痛を取り除くなんて余計なお世話なのだと思う。
こういう人にとったら「病気はなくてはならないもの」になる。

「病気は悪じゃない」その2

病気がないと、医者も看護師もその他医療従事者がいらない事になっちゃう。医療もビジネスでしょ?
雇用が生まれ、資格が出来て、その資格をとるための教育機関が生まれる。もちろん、治療ということで薬が必要だから、製薬会社もね。
あと、「人の役に立ってる」という
わかりやすい満足感も得られるか?

病気は悪じゃない その3

気付きの視点から。

病気になることで、生活を改めようとする人もいる。病気にならなかったら気づかなかった事がある人も実際にいるわけだし。

ということで、病気は悪じゃないって事を語ってみました。

でも、病気にかかりたいわけじゃなくて、病気になるまえに、生活習慣やら生き方を常に見直して、体の声や心の声に耳を傾けて、もっと自覚的に生きれたらいいと思う。

舞うように生きるには健康は基本。
健康は検査データで決めるものでも、医者が決めるものでもない。
自分の体は自分のもの。自分で決めたらいい。