ますます凶悪化していくいじめ問題に対して、

いじめた側の氏名を公表していいのかどうかを議論するテレビ番組があった。

 

様々な意見はあるだろうが私は公表してもいいと思う。

 

なぜなら、いじめられた側の立場に立ってみれば

いじめた側が守られる必要性はないと思うからだ。

 

話は少しそれてしまいますが、殺人事件のニュースを見るたびに耳にする言葉が

「精神鑑定」や「加害者の権利・人権」という言葉だ。

 

精神鑑定・・・そもそも精神がおかしいから人を殺めてしまうのだと思う。

加害者の権利・人権・・・被害者の権利・人権はどこへ。

 

このような事件があるたびに、被害者と加害者っていったいどちらが

法律に守られているのだろうと感じてしまう。

 

被害者が泣きをみる今の日本の制度ではいじめは絶対になくならない。

そして、いじめなんてものは決してなくなるものではないけれど、いじめられた側の

人生を奪ってしまうほどの重大なことなのに、いじめた側の権利を保護するような

ことではあってはならない。

 

この暴力・暴行という現実を、「いじめ」というなんともやさしげな表現で取り扱っている

限り、いじめという悲惨な行為はなくならないと思う。

そして、これがさらなる暴力の温床となっていること、未成年の自殺者を増加させていることに早く気付いてほしいといつも思う。