ここ最近、とっても寒いよね〜
凍りついていて、全然溶けない日が続いた。
朝、起きたら、
ストーブの室温が、初めて、1℃だったよと
父に話したら、
それはいくらなんでもあり得ない。
嘘つくなとキレられたけども

ここ最近、とっても寒いよね〜
凍りついていて、全然溶けない日が続いた。
朝、起きたら、
ストーブの室温が、初めて、1℃だったよと
父に話したら、
それはいくらなんでもあり得ない。
嘘つくなとキレられたけども

今日、夕方、彼宅から帰宅しました。
車から降りる時に
滑りそうだから気を付けて。と言われたばかりにして
階段降りて、着地の道路が凍っていて
スッテンコロリン
両手に持ってたのが飛び散って
拾いに行くにもツルツルで立てず
誰もいなかったのでお尻で滑りながら
食品を拾い集めました。
雪があるのは見えるけれど
どこが凍ってるかが見えず、こわーい
ブーツ履いているから滑らないだろうと思ってたけれど
こ〜んなブーツ、スパイクついてるわけでもない、
ツルツルツルツル
やばっやばっ!怖い怖いよ〜と
独り言ダダ漏れで、ゴミ出しに行ったりしました。
写真撮ったから載せよう!と
昨夜のおでんの写真を見てみて、
あらっ、ちくわ切らずに入れてあるの
笑われそう💦
雑把なの、もうバレてるし、まぁいいか?

昨日、推薦枠の面談と作文?かな
甥っ子の高専、合格発表でした。
見事!合格!でした。
妹の子、
姪が大学と同じになる、6年目になり
甥っ子が1年生ということで
同じ敷地内にあるので
兄弟で2年間は一緒に通えるそうで
妹がほのぼのしてました。
兄弟で通うのがいいらしい。
甥っ子も、5年間、高専行くなんてなぁ
良かった良かった!
合格おめでとうございます、です😊
一昨日、彼宅にて
二女さんの家賃が、彼から引き落とされる件にて
わたしは〜
もう関係のない、ただの友人だから
彼から引き落としになっていこうが
二人の財産でもなんでもないので
わたしに報告しなくても怒らないで良いし
勝手に耐えてったらいいんじゃない?
娘さんにしてやりたいなら、と思ってましたが、
父の靴下を買いにスポーツ店に行ったのがキッカケ。
彼のカードにポイントをつけたく、
お金を彼に渡し、彼がカード払いにしました。
このカードは、春で終了で
引き継ぎになるこのお店の
別なカードを新規に作るのを前に手伝いました。
会計の時に、その新規のカードにポイントを移行させる話になり
店員さんに教わりながらアプリを入れたりしました。
もう古くなる方のカードは使いませんよね?という問いに
わたしは、たぶん彼、使ってないはずと思って
使いませんね〜と言ったら
彼が怯えたようになり、いやっまだ!と言ってました。
それから、サイゼリアでお昼ご飯を食べてましたら、
彼が震えが止まらなくなってました。
あの、怯えからだよなぁ?と考え、
あー、娘さんの家賃の支払いに使ってるのね?と分かりまして、
また、とってもわたしは嫌われるような話をするんだけどさ?と
怯えの正体について、
本当のところ、父親としてどうしたいのか?を訊いたり
どの部分で困っているのか?を訊きました。
もうその親子のお金にとやかく言う立場にはいないし
婚約中も、それでわたしはぶちキレたのであって
嫌な話だろうなと、
わたしから言われるのはもう嫌なんだろうなと察してはいるけど
こうやって、怯え、震え、点滴と、病んでいく彼は
ひとりで解決までいけないと確信があり
ずっと家賃、娘さんの高い家賃まで払わされる親のままでは
彼が、傷病として休んでいられない時がまた来るのが目に見えていまして
食べてる間、クドクド言いっぱなしでおりました。
帰宅後も彼が薬を飲み眠くなる前をつかまえておかなきゃと
ずっと解決に持っていくには〜を作戦立ててました。
鬱だからさ、
行動力も、意力も、決断力も、反応も薄く
本気の頷きなのかが、
わたしにもよくわからないので
焚きつけるように
大家さんの連絡先わかるの?電話して相談してみよ?と
賃貸契約書を彼は出してきました、
よくすぐあったね、
震えてることや
頭の中とっ散らかってるのも分かり
娘に内緒でかけるのにも躊躇していたりと
でも、押してもダメなら引いてみな、だよーと
今までと同じ行動してて変わらなきゃ、違うことしないと、
自分らから変わらないとーと、
強引に、管理会社に電話に至りました。
わたしは自己嫌悪で帰宅しました。
また、わたしだけがで、彼は困ってるのか、解決したいわけじゃなかったのか?分からなく
とにかくとにかく、わたしは自己嫌悪。
安定剤飲み飲みでいました。
夜、突如、彼から電話がきました。
自分なりに考え、この状態は嫌でたまらないからと娘にハッキリ言いたい!と、
娘と電話する約束をしたんだそう。
頑張れー頑張れー、と
少し感情を強めに出さないと周り気付かないかもだよと言いました。
娘さんとの電話が終わった後も
彼と電話しました。
頑張っただろう、緊迫してる感じ、強張り、うまく笑えない感じ、まだホッと出来ない感じが伝わってきて
わたしは涙が出ました。
この人、頑張ったんだなって。
今日、娘さんが不動産屋さんにそのことで手続きに行くということで
彼は待ちの状態でした。
出来たら、やっぱ娘さんから父ちゃんに手続きしたよと連絡してやってよと祈ってましたが、
まぁ、彼から連絡とってました。
やっとこさ、連絡がとれたようで
契約者変更、支払い口座変更、
保証人にはならないで!と言ってました、ずっと。
ならないで済んだようです。
終わったね
良かった良かった良かった!
マジで良かったね、なんだけど
わたしは、もぬけの殻
身辺整理って、婚約の時までするんじゃないの?
もう、こんなん、関係が終わってから
やっと娘さんが外れて、
なにが、良かったのか?
わたしには、なにも残らない、人すらいない、
彼がその資産で休みながら生きていけるよっていうのを勝ち取っただけでさ
空っぽ。
目が回って、寝ます。
父がいつでも、わたしに対してだけ
夕方、夜に出掛けるな、とガミガミしていることについて。
ただの過干渉なだけではないんだ。
みんな、忘れてる。
父は妻について考えてこなかった。
亡くなった母のことを悪く言うのは嫌だけれど
夕方、夜に出掛けるな!は母発祥。
これも過干渉だからではない。
山形に住んでいた時、
母方のおばあちゃんとも一緒に暮らしていた。
子育てはおばあちゃんがしてた。
おばあちゃんからして、母がどうだったか?や、家事、子育て全てをやっているのかまでは分からない。
単に自営業や保護司が多忙だったからだったかもしれないし、
分からない。
おばあちゃんは大きな呉服屋で裁縫の先生をしていて
弟子をとって住まわせ、家事はお弟子さん達がやっていた。
母は、親が家事をしている家で育ってない。
おばあちゃんがわたし達を育て
慣れない料理を頑張ってたのは覚えてる。
失敗したり、美味しくなくても食べさせられたのは覚えてる。
父の晩酌用は、母がちょっと作ったり、市販品や出前だったのも覚えてる。
商店街の集まりだったから持ち寄りで食べてたと思う。
宮城に引っ越してきて
わたしが中2の時におばあちゃんは亡くなった。
生きてる時から、洗濯機の使い方や、炊飯器の使い方をおばあちゃんに教わっていたので
亡くなってからは、わたしが料理と洗濯を引き継いだ。
でも、お手伝いの延長ぐらいな気持ちだったけれど
母からは任命されたような言い方された、
料理と洗濯以外の、掃除は手伝ったことがなかったから、
わたしがするものとは思っていなかったけれど
母には、命令されてた。
母が、何か、苦手を隠したかったのか?
やりたくなかっただけなのか?
そこの気持ちは分からないけれど
母がおばあちゃんのように先生であり
わたしがお弟子さん達のような?
上下関係を作った。
母親としての命令ではなかった気がする。
掃除できなきゃ、うちに置いておけないみたいなニュアンスだった。
散らかっていると、
父は母を怒るのではなく
わたしを怒るようになった。
そこも、そこも、そこもをするのはわたしなの?と
母親がいるのに、
雑巾投げつけられて、ヘンテコな立場のわたしがいた。
姉妹は、自分らに被さってこなければ良かったんじゃないかなぁ
誰も、そこを深堀りする人なんていなかった。
姉妹と父のお弁当も作ったよ
中学生だけど、家事付きだった。
料理をレシピ本見て頑張るようになってからは、
自分で、好きでやってると思わないと惨めだったから
命令される前に、先に先にとやりこなす癖がついた。
皆、好きでやってると思ってたと思う。
母が起業して、また、それは、
仕事に逃げたのか、
家事をしなくても良い母がいて
思う存分、起業に打ち込む姿勢があり、
父は、そんな仕事熱心な母を尊敬していて
母が言うことは全て正しいと思っていた。
わたしも20代、遊びたい盛り
でもいつも、家事をしに戻らなきゃいけなかった。
母が作ってくれている時がなかった。
髪をつかまれ引きずられ、家事をしろと連れ戻されたことが何度もあった。
家にとって、家事ってなんなんだろうね
姉妹は高校あたりから、好きに友達の家に泊まりに行ってた。
帰ってくれば、掃除してある家で、料理もすぐ出てくる。
普通の家の子。
わたしがしていた、
それを深堀る人がいない
食べられてたら、どうでも良かったんでしょ
誰かが、そこで泣いていても
どうでも良かったんでしょ
友達の前で殴られたり、引きずられたりが恥ずかしくって
立場もなくなって
疎遠に自分からした。
家事さえ守っていれば、なにも起きない。
家事というのは
必死に、家事不得意な母を守っているのかもしれないと
思ったときがあった。
母に、それについて言われたことがない。
母も調子にのって
わたしは、それやらないで生きてる価値ないとよく言ってた。
それを真似て、
妻が言ってることは正しいと思ってる父が
まだ今ここにいる
母が亡くなる前に、
謝られたり、和解したり、わたしだけの思い出があるけれど
バカの一つ覚えみたいに
母の使った言葉を信じて使っている父に
説明する気はない。
今更、何にもならない
けど、
今朝もガミガミ
夜遊んで歩くのは、あーだこーだと
50歳のわたしが言われた。
50だよ?50〜
こんなにも長年、執念のように
言われ続けるなんてさ
笑っちゃうよ
哀しいもんだよ
元彼とか彼とか
書く時考えるの面倒なので
彼と書きます。
一緒にセミダブルベッドに寝てる時点で
彼なのかなぁ〜とは思います。
わたしが裸族なまま。
性的には何もないけど。
昨日、夜行くつもりを
父の夜ご飯などを早く作って終わらせ
お昼に迎えに来てもらいました。
そしたら、久しぶりにあそこのチャーハン食べに行かないか?と言われ
父も連れて、前行ってた中華料理屋さんへ。

今朝は、−5℃
とっても寒く、灯油が切れて、
電気毛布に包まって丸くなってました。
昨日雪が積もったところがガリガリに凍りついてたのは分かっていて
こもってたよ。
夜は、雨。
雪がぜ〜んぶ溶けた。
なんとなく、若い頃、ひとり、部屋でどう過ごしてたんだっけ?と想いにふけて、
あ〜好きな音楽をかけてるだけで心地良かったんだよなぁ
ガサゴソガサゴソ
震災の後、引っ越ししてから、CDの音楽聴いてなかったよ
色々持ってたはず!
と、懐かしいの3枚とりあえず出した。
オバチャンになったなぁと思ったのはね、
27歳ぐらいの時に買ったCDなんだけど
どれに、何の曲が入ってるって暗記してたはずなのに
あー!これにこの曲入ってたのか、と流れてきて気付いてさ。
ひとりカラオケの時は、ラップは歌うんだけど
彼と2人で行ったカラオケの時は
年代が違うからさ?ラップを歌だと思えないと言ってたし、
出来るだけラップは避けて、それ以外の好きな歌を歌ってたのね
やっぱ、ラップいいね〜
ふわっと
包まれて心地いいよ
なぁんも、老後がどうのとか考えてない時の自分が今夜いるよ
昨日、内科でした。
ずっと餅入り最中をバクバク食べてはかりいたので
体重が怖くっていましたが、
先月と同じでした。
ヘモグロビンも、6.1でした。
過食してた気になってたんだけどなぁ〜
ただ、高血圧がやっぱり酷いのなんので
精神科では、1週間食欲不振で低血糖だと言われた話などをしましたが、
内科には、元々、わたし高血圧では引っ掛かってないし、その食生活からしても
「ストレス」で、高血圧はハッキリ出ますよ、と言われました。
軽めの薬を処方されました。
内科の帰りに、
お昼何食べる?で、だいたいがラーメンなので、そうかと思っていたら、
焼き肉食べ放題の駐車場にブーン。
わー わー わーい
わたし、ずっと焼き肉食べたいと言ってたんです。
でも高いし、その、今の2人の関係性で焼き肉食べ放題なテンションではないだろうし、と諦めてましたが、
わーい!でした。
関係性はどうのは置いといて
とりあえず楽しも!でした。
