私にとって血縁は呪いである。


これはずっと変わらない自分だけの真理だった。


どうして私はお母さんを助けてあげられなかったんだろう。

物心ついた時からずっと私はお母さんを助けなきゃって思ってた。

私の思い出せる最初の記憶は、3才下の妹が生まれて育児ノイローゼと父の借金地獄と借金で更にギャンブルを繰り返す事による経済的困窮の中お母さんが私にずっと繰り返し言ってた

「あんたしか居ないのよ、お母さんの味方は。あんたには悪いけどあんたの事産まなきゃよかったと思ってるよ。」

だった。

今で言うワンオペで相当やんちゃで手がかかる妹に母の全時間を注がれ寂しさもあったけど何よりお母さんを助けたかった。

だってお母さんのこと大好きだったから。


大切だったから。


私のお母さんに中出ししただけでなんの責任も果たさず、第一子である私の出産時は賭博麻雀をやっていたおじさんを世の中は父親と呼ぶらしい。

父親って要らないな、なんでこの家に来るんだろう。

こいつのせいでお母さんはいつもお金が無いお金が無いって嘆いてる。

お母さんの大好きだったお父さん、私にとっての祖父は創価学会に入り、精神を病んで精神病棟(入院中に他の患者に絞殺されたらしい。

もちろん、表紙扱いである。


私が産まれて1年後の事だったらしくお母さんは日々の借金地獄と大好きな父親の死と休みの無い育児でどんどん心を病んでいった。


そして、私が3歳になる前に生まれた妹は私とは性格も真逆で言う事を聞かない、じっと出来ない、すぐ癇癪を起こす、金を盗む、暴力的でいじめっ子。

でもかなり内弁慶なので外面だけはばっちり!


そんな子。みんなから愛されてる、と本人は思ってる。確かに色んな人に囲まれてる。

けども妹を好きだからと言うより、妹が色んな人に自分からすり寄って行っていた。


私は元々の性格は内気で、怖がり、とっても優しい女の子だったと思う。

常に他人の為に動いていた。母の顔色、祖母の顔色、妹や従姉妹達の顔色。

他人のことばっかり気にしてた。