あとがき『絶望の朝、希望の朝立ち』
2007年11月13日午前11時。
酷使されたカラダは7時間の睡眠では満足していないらしく、筋肉痛になった両足とひどい頭痛がする頭は私をベッドに押さえつけようと必死でした。
「エヘヘ、なんだか戦い抜いた英雄みたい。」
まさかの勘違いぶりを存分に発揮しながらヨロヨロとベッドから降りると、てっきり死んだと思っていた部位が話しかけてきました。
「オハヨー、遅かったね。」
神でさえ想像していなかったであろう、奇跡の朝立ち。
「ふざけんなよ…。」
21歳の名残が全てその朝立ちに象徴されているようで、思わず笑ってしまいました。
やはり、私の21歳は「オナニー」の一言に尽きるのでしょう。
「いつ、どこで、誰(何)を用いて射精をしたかブログを通して世界中に暴露し続け、1年間で1500回の射精をするだけでは飽き足らず、最終日には24時間で50回も射精をした変態」
そう言う風に書けば少しは聞こえがいい(?)のかもしれませんが、全てが終わった今、私はこの1年間を「オナニー」の一言で片付けていいのか疑問に思います。
「1年間で1500回」や「24時間で50回」と言う数字は、物事を解りやすく説明するための記号でしかなく、本質を語るために使用するものではありません。
つまり、私がたくさんオナニーをしたからと言って、それが「良いオナニー」であったか「悪いオナニー」であったかはまた別の話だと思うのです。
私はオナニーの本質を「やっていて誰よりも自分が一番気持ちいい事」と捉えています。
それがオナニーを「自慰行為」と呼ぶ所以にぴったりだと思うからです。
『私のあそこはベートーヴェン』を始めた当初、私は1日4発の射精ノルマに耐えきれず愚痴ばかりを零していました。
その時点で既に、私のオナニーは「悪いオナニー」になっていた様に思えます。
企画のためとは言え、その根底にあるオナニーを早々に楽しめなくなった私に用意されたのは、精子と時間だけが奪われる苦痛の日々。
「ブログを読んでくれている方々のために頑張る。」と言う言葉は単なる責任転換でしかなく、オナニーを「やらなきゃいけない事」にするために無理矢理発していたのだと思います。
やらなきゃいけないオナニーなんて、あるのでしょうか?
最も多く触れきた自由であるオナニーを、どうしてやらなきゃいけない事にする必要があるのでしょうか?
オナニーを気持ちいいと感じるのは、前提に「やりたいから、やる」という意思があってこそ。
オナニーをやらなきゃいけない事と思った瞬間、「良いオナニー」をして気持ちよくなる事は永遠にありません。
ましてや、それで人を楽しませようなんて的外れもいいとこです。
童貞の私が言えたセリフではありませんが、「良いオナニー」ができない人は「良いセックス」もできないと思います。
知らず知らずの内に「悪いオナニー」ばかりを繰り返していた私ですが、先日の11月12日に転機が訪れました。
24時間射精記録の挑戦もいよいよ残り6時間となり、45発目を射精し終えた時です。
数時間前に1年間1500回や自己記録更新のプレッシャーからも解き放たれ、考えもしなかった50発目が視野に飛び込んできた瞬間、私の胸がドキドキし始めました。
「これから先は、俺の自由だ…!!」
それから50発目までの射精は楽しくて仕方がなく、1発1発射精する毎に私は手を叩いて喜びました。
もしも向いのマンションの人が双眼鏡で覗いていたら、何ともおぞましい光景に写ったと思いますが、そんな事はどうでもいいのです。
オナニーをしている私自身が一番オナニーを楽しめる事ができたら、それでいいのです。
残念ながら、あの日の50発の射精の中で、気持ちがいい射精は一発もありませんでした。
その代わりに、私は一年ぶりにやっと、オナニーの楽しみ方を思いだす事ができたのです。
1500発分の精子たちの死が無駄にならない様にするためにも、オナニーができなくなるまで、私はその事を決して忘れません。
「私は、私が精子だった頃を覚えています。」
もしも世界に私しか人間がいなかったら、果たして私はオナニーをしたのでしょうか
自分以外誰もいない世界で、自分だけが一番気持ちよくなろうとしたのでしょうか?
きっと、自慰を覚えるよりも先に、自殺をしたと思います。
オナニーができると言う事はきっと、一人ぼっちじゃないと言う事。
私が精子だった頃、私と同じ様な精子が周りに何億匹と居たように、人間になった今だって、きっと私は一人ぼっちじゃない。
その証拠に、あなたがこうして今、私の文章を読んで下さっている。
私はいつか、私の最高のオナニーで、きっとあなたを楽しませてみせます。
もしよろしければその時、あなたの最高のオナニーも見せて頂けないでしょうか?
もしもお互いの最高のオナニーで楽しませ合える事ができたら、もはやそれは最高のオナニーではなく最高のセックスです。
あなたと最高のセックスができる日を、オナニーをしながら待っています。
2007年11月14日 イカ臭い部屋より愛を込めて
エリザベス宮地
21回目の誕生日
はっぴばーすでーとぅーみー♪
はっぴばーすでーとぅーみー♪
皆さん、始めまして。
本日21回目の誕生日を迎えましたエリザベスです。
ちょうど24時間前。
私は友人のカニの家で静かに今日という誕生日を迎えようとしていました。
「21年間を振り返ってみてどうですか、エリザベスさん?」
カニがインタビュアー、私が何かの大物という設定でいつもの茶番劇が始まりました。
面白おかしく、適当な回答をしつつ、その裏で私はひっそりと21年間を振り返ってみました。
オナニー
その一言しか思いつきません。
振り返ろうとも、振り返る思い出がありません。
いいえ、もちろん水泳部だった中学校の頃や、テニス部だった高校の頃を思い出すことはできますが、なんだかんだ言って、
いつも最終的にはオナニー
だった気がします。
いいえ、気がするだけではなくその通りなのです。
なぜなら今もそうなのですから。
「ずばり、21歳の目標はなんですか?」
コミュニケーション能力の低いカニがズカズカと質問を続けます。
その時、私はある事に気づきました。
小学6年で自慰行為を覚えてから、一日三回まるでアリのようにマスをかき続けている私ですが思い出に残るオナニーなど殆どないという事です。
『あの日、あの時、あの場所で、あのオナニー』
というものが無いのです。覚えていないのです。
やってきた事はオナニーだけなのに、それすら覚えていない。
それが今の私の状況です。なぜならオナニーだからです。
このままでは腹を痛めて私を産んでくれた親に申し訳ありません。
わざわざ東京の大学まで来た意味がありません。
歴史に残るオナニーをしよう。
私とカニはオナニーについて調べました。
wikipediaの『精子』の項目によると、通常の男性は3、4回の射精で精巣は空になり完全な復活まで2、3日はかかるそうです。
限界を超そう。
365日×4回=1460回/年
語呂が悪いので1500!!
「カニ、もう一回質問してくれ!」
「はいっ!エリザベスさん、21歳の目標は何ですか?!」
「1年間で1500回の射精をすることです。」
耳を澄ませば聞こえます。
「早く高知に帰ってきい。」
という母の声。
耳を澄ませば聞こえます。
「お前のじいちゃん、センズリじじい。」
といじめられて泣く孫の声。
ざまーみろ。
失恋する度に名曲を作ったと言われるベートーヴェン。
眠らない街・東京。
道行く数多のオンナ達。
すれ違う度に恋をして、すれ違う度に失恋をする。
そしてたどり着く世界一安全な6畳間。
今はもう、さっきのオンナはオナペット。
失恋する度にオナニーだ。
そう、私のあそこはベートーヴェン。
22歳の誕生日を迎えるその日まで、マスとブログをかき続けます。
