「死んでしまっても、心の中で生き続けてる。」
何年か前までは「歯の浮くような何の慰みにもならない妄言」だと思っていた。
だが、この"心"を"脳"と解釈すれば今ではすんなり納得できてしまう。
子供が産まれた学生時代の友人の家へ遊びに行った時のことだ。
人懐っこい赤ん坊のはずが、その日は機嫌が悪いのか大きな声を上げて泣いていた。
母親が抱いても父親が抱いても、絶対抱かれ心地良いだろって図体をした奴が抱いても泣き止まない。
正直うるせえなあと思っていたが、場の流れで俺も抱きかかえることになった。
母親の腕から、俺の腕へ移される。
右手で太ももの付け根とおしり、背中から首の付け根を包み込むように抱き、左手で額を撫でた。
不細工な顔で泣き喚く赤ん坊の顔を見つめながら
「…なんで俺こんなすんなり赤ん坊抱けたんだ?男ってこういうの苦手なもんじゃないっけ?」
等と思案していたが、すぐに理由が分かった。
「赤ん坊の抱き方」
を知っていたのではなく
「猫を抱いていた時の腕の形」
を脳が覚えていて、それをそのまま当てはめただけのことだった。
癖というかなんというか…。こういうのってなんとなく生きてても、色んなとこで無意識に行動とか考え方に出てるのかなあ…と、ふと考えてみた。
そういえば元カノのリスカ跡が猫のひっかき傷みたいだなと思ったこと
そういえば机の手前のスペースには何も置かないスペースを作ること
そういえば人の顎を撫でたりしてしまうこと
そういえば女と鼻と鼻をくっつけるのが好きなこと
そういえば黒い服ばかり買っていること
そういえば家のベッドで寝る時はいつも窓際ギリギリに寄って寝てることでさえ
とっくに死んでしまっている飼い猫のコロちゃんが、実際的に俺の行動や思考に深く関わっていた。
「なあんだ、ずっと一緒にいたのか」
なんてことを自然と思ってしまった。
泣き叫ぶ赤ん坊を抱き締めたまま、俺も泣き叫んでしまった。
多分凄い音量だっただろうし、地獄絵図だな。申し訳ない。
ゲームで知り合って、仲良くなった友人が飼っている犬が亡くなってしまった。
彼のツイッターを見る限り、病院に預けている間に息を引き取ったらしい。
俺もコロちゃんの死に目に会えなかったので、彼の心境を考えるといたたまれなかった。
後悔と自責と喪失感で心が崩れたあの日のことは今でも忘れがたい。もしかしたら彼も同じ気持ちに今なっているのかもしれない。
ただ、更に色濃く大脳皮質や大脳辺縁系、大脳基底核とか脳みその色んなシワに刻まれて忘れられないのは
コロちゃんと初めて喧嘩して両腕引っ掻き傷だらけのまま謝罪の鰹節を持っていった日のこととかだ。
そのおかげで今では生でリスカ跡見ても引かないで済む。
コロちゃんはゲームやってるときに限って机に飛び乗ってくることとかだ。
そのおかげで今でも部屋は綺麗とは言い難いけど机の上はスッキリしてる。
コロちゃんの顎を撫でているときのあの恍惚の表情とかだ。
そのせいで今でも良かれと思って人間の顎撫でても「いや動物じゃないんだから」ってちょっと窘められる。
コロちゃんのお鼻があまりにも可愛すぎて半ば無理やり鼻と鼻でキスしまくってたこととかだ。
そのせいで今では女に「それしつこくね?何?」って目で見つめ返される。
コロちゃんの白い毛がつくから黒い服は中々着られなかったこととかだ。
そのせいで今は反動で黒い服黒いキャップ黒いスニーカー黒いバッグの黒づくめだよ。
コロちゃんが横にくっついて暖を取りながら寝たいからって俺を叩き起こして窓際に体をズラさせるパワープレイをしまくってたこととかだ。
そのおかげで今は朝日が顔にかかって全然仕事に寝坊しなくなったな。
コロちゃんが嫌がらない抱き抱え方とかだ。
そのおかげで今は抱え方合ってるかはわからないけど赤ん坊もスムーズに抱けたよ。
全然泣き止まなかったけど。
きっと死んでしまった犬もそうだと思うから。
脳のシワには愛されてきた日々が刻まれてるだろうから。
もしまた肉体を得て目の前に現れたとして
「死に目にも会えなかったくせに」
と毛を逆立てて威嚇するはずがないから。
足元に擦り寄ってくるはずだから。
絶対に「俺を恨んでるのに違いない」なんて言わないで欲しい。
そんな的外れな考え方で彼の犬が今棲んでる世界のスペースを取らないでやって欲しい。
未だ俺の世界に愛しいコロちゃんが居るように、彼の世界にも彼の愛しい犬が居続けるだろう。
俺の住んでる世界は俺の脳で認識してるだけのものなんだから、大脳に棲んでるやつだって俺の世界では生きてる。
死んだからもう会えないのも事実だけど、俺が生きてる限りはずっと一緒に居るも同然なはずだから。
「死んでしまっても、脳の中で生き続けてる。」
ロマンチックな響きじゃないけど、実際そうだから仕方ない。
ちなみに泣き叫ぶ赤ん坊を抱き締めたまま俺も泣き叫んだ時、めっちゃ泣き止ませる自信あったのに全然泣き止まないからショックで泣いたやべえ奴だと思われてたらしい。
うわ~~~~~!!!!死にてえ~~~~~~!!!!!
…まあ、そんな中で生きていきましょう。。。