あれは数年前のこと。

豪雨が中国地方を襲い、甲子園では金足農業が旋風を起こしていた夏のことだった。

 

 あの夏、私は初めて旅をした。

 

 いや、俯瞰して振り返ればそれ以前にも旅をしていたことはあったかもしれない。

しかし、主観ではあの旅が紛れもない初めての旅だった。

 

 人、食、景色、そして自由…

 

出会うもの全てが面白く、刺激的で、輝いていた10日間だった。

 

 

 

 そんな旅を演出してくれた舞台は西日本。

当時住んでいた関東をバイクで発ち、7日後に出航する新門司発のフェリーに乗るという最終目的地だけを決めた。もちろん宿など予約していない。

 

 という自由極まりない計画のない計画で走り出した私だったが、旅に障害はつきものである。

 

 初日にはバイクが不調になり、立ち止まることを余儀なくされる。さらに台風が発生し、西日本豪雨の直後だったため丸一日バイクから降りて観光をする。最終日の夜にはテントから叩き出される素晴らしい出会いと引き換えに一睡もできないという代償を払う。

 

 障害などなければもっといろいろな所へ行けたのは間違いない。しかし、思い描いた通りに行かなかったという喪失感は一切ない。そのような小さな価値観よりも大きな出会いをこれらの出来事はもたらしていた。

 

 

 

 もちろん、バイク乗りであるからには一般的にいわれるツーリングとしての側面が楽しめたことは言うまでもない。距離を刻んでいく達成感。走れば走るほど見たことのない景色が現れ、次の瞬間にはまた見たい景色に変わる感動。それを愛車と共に体感していく何にも例えられない感情。走れば走るほどバイクという乗り物が好きになった。

 

 中でも阿蘇を走り回ったことは生涯忘れることはないだろう。

 

 どこまでも広がる真夏の青空。その下に広がるのは地球が創り上げたとも言えるカルデラ。いつ暴れ出すのかわからない噴火口は白い煙で覆われていた。

 美しさの中にも危険を内包しているその景色の中を旅人は行った。いわばバイクでの旅の性質を映しているかのようなその景色の中を。

 

 

 

 そのような素晴らしい夏のことは4年程しか経っていない現在なら鮮明に思い出せる。

 

 夏が来ると思い出す。遥かな阿蘇、遠い空。

 

 しかし不思議とあの夏を越えようと躍起になることはない。

 

 

なぜなら今自分が生きている瞬間こそが最高の夏であるからだ。