カフェテリアの喧騒は、紅鳴――高野麻里佳の耳には、どこか遠く感じられた。グラスを拭く手の動きはいつも通りだが、心は第5話の出来事から完全に抜け出せずにいる。グレイブ・ハーモニーのあの声。心の奥底に潜む「人々の期待に応えられない焦り」を、鋭利な刃物で抉られたような感覚が、まだ生々しく残っていた。
「高野さん、大丈夫?」
同僚の心配そうな声に、紅鳴は咄嗟に笑顔を作った。「うん、大丈夫!ちょっと考え事してただけ!」
だが、その笑顔は、かつてのような輝きを欠いていた。情熱だけでは、どうにもならない壁が目の前に立ちはだかっている。そんな無力感が、彼女の心を静かに蝕み始めていた。
放課後、中央図書館の窓際。蒼響――高木友梨佳は、古文書に視線を落としながらも、その思考は別の場所をさまよっていた。グレイブ・ハーモニーの「冷静とは、孤独と同義」という言葉が、まるで呪文のように耳にまとわりつく。自分の「知性」と「冷静さ」が、いつか自分を孤立させるノイズになる。その言葉は、彼女自身の隠れた不安を正確に突き刺していた。
普段なら瞬時に解決するはずの数式も、今日はなぜか視界が曇る。自分の分析が、果たしてどこまで通用するのか。あの精神攻撃を前に、自らの知性が鈍り、有効な策を見出せない自分自身に、彼女は苛立ちを感じていた。
翌日、街に再び不穏な気配が満ち始める。
今度は、複数の場所に設置されたサイレンサーズの装置から、微かな、しかし連続した「不信のノイズ」が放たれていた。それは、人々が互いの言葉を疑い、顔を見合わせるだけで苛立ちを感じるような、嫌なざわめきを生み出す。友人同士が、家族が、仕事仲間が、些細なことで口論となり、関係にヒビが入っていく。第5話の出来事の「残響」が、確実に人々の心を侵食し始めていたのだ。
「また、だ……!」
現場に駆けつけた紅鳴と蒼響は、その光景に愕然とする。街は、まるで巨大な砂時計のように、信頼という砂がサラサラと音を立てて落ちていくかのようだった。
「セイクリッドボイス!」
二人はほとんど同時に叫び、変身する。
「紅鳴(くれな)のメロディ シンフォニーレッド!」
「蒼響(あおと)のハーモニー シンフォニーブルー!」
「この二人が織りなす二色のシンフォニー セイクリッドボイス!」
レッドは、サイレンサーズの装置に向かって、情熱的な歌声を放った。
「みんな、喧嘩しないで!信じ合って!」
しかし、その歌声は、人々の心に届かない。かえって、レッド自身の「焦燥」がノイズと共鳴し、歌声の力が減衰する。第5話のトラウマが、彼女の足を引っ張っていた。
「くっ……!また、あの時の……!」
サイレンサーズの攻撃が、レッドを襲う。
ブルーは、冷静に状況を分析しようと試みるが、彼女の思考もまた、ノイズによって鈍っていた。
「ノイズの周波数は複雑。単独の歌声では、増幅された感情の壁を突破できない……」
彼女のハーモニーもまた、どこか力なく、サイレンサーズを吹き飛ばすのが精一杯だった。
二人の間に、目に見えない「心の壁」が立ちはだかる。グレイブ・ハーモニーの言葉が、再び脳裏をよぎる。
――「その『情熱』も、いずれ『焦燥』という名のノイズに変わるだけ」
――「君の『知性』は、いつか君自身を孤立させる『ノイズ』となるだろう」
追い詰められた二人は、互いの背中合わせに立つ。
レッドの瞳に、ブルーの冷静な横顔が映る。
ブルーの視線の先には、レッドの、それでも諦めない情熱的な瞳があった。
「……高野さん。いや、レッド。君の情熱だけでは、このノイズは打ち消せない。だが、私の冷静さだけでも、人々の感情を動かすことはできない」
ブルーが、訥々と語り始める。
「私たちは、一人では不完全だ」
レッドは、ハッとした表情で、ブルーの言葉を受け止める。
「そうか……私たちが、二つの声なんだ……!」
互いの弱点を突きつけられ、迷い、苦しんだ二人だが、だからこそ、隣にいる相手こそが、自分に欠けている「ピース」だと悟ったのだ。
「レッド、君のメロディを、私のハーモニーと重ねてみてくれ!」ブルーが、叫ぶ。
「うん、やってみる!」レッドが、力強く頷く。
二人は、互いに手を伸ばし、その手のひらを重ね合わせた。
「私たちの歌声が……一つに!」
レッドの情熱的なメロディと、ブルーの理性的なハーモニーが、シンクロする。それは、単なる足し算ではない。互いの心の奥底に宿る、不安や迷いを打ち消し、新たな「調和」を生み出す、真の融合だった。
二人の身体から、眩い光が放たれる。その光は、金色に輝く音符の波動となり、二人の歌声と共に、街中に響き渡った。
「届け!私たちの合体ボイス!」
「二色のシンフォニー、ハーモニック・ブレイカー!」
その歌声は、サイレンサーズのノイズを打ち消し、彼らが設置した装置を次々と破壊していく。人々の間に広がる不信感は、嘘のように晴れ、再び互いの顔を見合わせ、安堵の声を上げ始めた。
サイレンサーズは、合体ボイスの圧倒的な力の前に、為す術もなく撤退していった。
戦いを終え、変身解除した紅鳴と蒼響は、息を弾ませながら、互いの手を見つめ合った。
「すごい……私たち、一人じゃ無理だったけど……」紅鳴が、感動に打ち震える声で呟く。
蒼響は、いつもの冷静な表情の中にも、確かな安堵と、かすかな喜びを滲ませていた。
「ああ。私たちの『声』は、一つになることで、より大きな力を発揮する。それが、本当の『セイクリッドボイス』なのだろう」
彼女の言葉は、以前よりもずっと、温かい響きを持っていた。
夜空には、満月が静かに輝いている。
二人の間に、もう心の壁はない。互いを信じ、互いの歌声を重ね合わせることで、どんな困難も乗り越えられる。そんな確信が、二人の心を強く結びつけた。
「この二人が織りなす二色のシンフォニー セイクリッドボイス」。
その名乗りは、今、二人の新たな絆の証として、確かに夜空に響き渡っていた。
第5話:静寂の侵略者!グレイブ・ハーモニー現る
放課後のカフェテリアは、最近、以前にも増して活気に満ちていた。紅鳴――高野麻里佳の「いらっしゃいませ!」の声には、確かな自信と、人々の心を励ます温かみが宿っている。彼女の周りには、いつも笑顔の輪が広がっていた。
「ね、高木さん!この間、高木さんが教えてくれた勉強法、本当に分かりやすかったよ!」
休憩時間、紅鳴は隣でホットミルクを啜る蒼響――高木友梨佳に、満面の笑みで話しかけた。蒼響は、いつものように落ち着いた表情で頷く。
「それは良かった。効率的なアプローチを実践した結果だろう」
彼女の言葉は、普段は淡々としているが、その奥には、確かな優しさが隠されていることを、紅鳴はもう知っていた。互いの得意分野を教え合う時間は、二人の間に、目には見えないけれど確かなハーモニーを育んでいる。
しかし、その穏やかな日常の裏側で、蒼響の心には、古文書の記述が重くのしかかっていた。
『サイレント・ワールドの到来は、声の調和を乱す「静寂の侵略者」によって為されるだろう。その先兵は、心の底に眠る感情の澱を掬い上げ、絶望の歌を奏でる』
彼女の冷静な分析は、次の脅威が、物理的な破壊ではなく、もっと深い、精神的な領域に及ぶことを示唆していた。
その予感は、すぐに現実となった。
ある日の夕刻、住宅街の片隅で、奇妙な現象が報告され始めた。人々は家に閉じこもり、家族間の会話が急に冷え込む、友人が互いを避けるようになる――。声の消失ではなく、心の交流そのものが途絶えていくような、不穏な静寂が、ゆっくりと街を蝕み始めていた。それは、まるで空気感染する病のように、人々の間に不信と孤立の壁を築き上げていく。
「これは……心のつながりが、断ち切られようとしている」
蒼響は、現場に駆けつけ、状況を分析する。サイレンサーズの活動が確認されるが、彼らは以前のように直接的な攻撃を仕掛けるのではなく、奇妙な装置を設置しているだけだった。その装置から放たれるのは、微細な、しかし確実に人々の心に影響を与える「感情のノイズ」だ。
「高木さん、皆、変だよ!なんか、誰もが怒ってるっていうか、悲しいっていうか……」
遅れて駆けつけた紅鳴が、混乱する人々を見て、顔を歪ませる。彼女の、人々の感情に敏感な心が、その異変を強く感じ取っていた。
その時、サイレンサーズが設置した装置の中心で、空間が波打ち、深淵の闇を纏った一人の女性が姿を現した。漆黒の衣装に、青白い肌。その顔には一切の感情が読み取れないが、唇の端に浮かぶのは、世界全体を見下すかのような、冷たい微笑。
「おやおや。まだ、そんな取るに足らない『声』に、踊らされているの?」
その声は、耳障りな高音でも、破壊的な低音でもなかった。しかし、聞く者の心の奥底に直接響き、内側から不安と絶望を呼び起こすような、不気味な響きを持っていた。
「この私が、グレイブ・ハーモニー。全ての『ノイズ』を、静寂の彼方へと葬る者」
紅鳴と蒼響は、互いに顔を見合わせる。この女性が、古文書に記された「静寂の侵略者」。そして、その声は、第10話で自分たちを打ち破る、まさしく「絶望の歌」を奏でる者だと、本能的に理解した。
「セイクリッドボイス!」
二人は迷わず変身した。
「紅鳴(くれな)のメロディ シンフォニーレッド!」
「蒼響(あおと)のハーモニー シンフォニーブルー!」
「この二人が織りなす二色のシンフォニー セイクリッドボイス!」
レッドは、グレイブ・ハーモニーの圧倒的な存在感に怯むことなく、真っ先に飛び込んだ。
「お前なんかに、皆の心は奪わせない!」
彼女の情熱的な歌声が、サイレンサーズを吹き飛ばす。しかし、グレイブ・ハーモニーは微動だにしない。
「フフ……無駄な足掻き。その『情熱』も、いずれ『焦燥』という名のノイズに変わるだけ」
グレイブ・ハーモニーが、静かに指を鳴らす。すると、彼女の背後から、無数の暗い音符のような波動が放たれた。それは、レッドの心の奥底に潜む「人々の期待に応えられない不安」や「自分が完璧ではないという焦り」を増幅させる。
「っ……!なんだ、この声……!?」
レッドの歌声が、途端に乱れ始める。脳裏に、以前迷いを抱いた時の、力が出なかった感覚が蘇る。
ブルーは、その様子を見て、すぐさまレッドを庇うように前に出る。
「精神的な干渉か!私の分析も、君の能力までは予測できない!」
ブルーの冷静な声が、レッドの心を落ち着かせようとするが、グレイブ・ハーモニーは、その蒼い戦士の心にも、容赦なく襲いかかった。
「冷静とは、孤独と同義。君の『知性』は、いつか君自身を孤立させる『ノイズ』となるだろう」
グレイブ・ハーモニーの囁きは、ブルーの心の奥底に眠る「完璧でなければならないという重圧」や「感情を表に出せない孤独」を抉り出す。
「くっ……!」
ブルーの集中力が、一瞬途切れる。サイレンサーズの攻撃が、二人のヒロインに容赦なく叩きつけられた。
初めて体験する、直接的な精神攻撃。物理的な痛みとは違う、心の奥を蝕まれるような恐怖に、二人は戸惑いを隠せない。
「この程度で、私の『静寂の秩序』を乱せるとでも?まだ、序章に過ぎない」
グレイブ・ハーモニーは、そう冷たく告げると、再び指を鳴らし、暗闇の中に消えていった。
サイレンサーズも、まるで幻のように後を追って姿を消す。残されたのは、混乱が残る人々、そして、心に深い傷を負った二人のヒロインだった。
変身解除した紅鳴と蒼響は、互いの顔を見合わせた。
紅鳴の瞳には、かつてないほどの不安と恐怖が浮かんでいる。
そして蒼響の瞳にも、これまで見たことのない、深い困惑の色が混じっていた。
「あいつ……私たちの心の声が、聞こえているみたいだった……」
紅鳴が、震える声で呟く。
「おそらく、そうだろう。そして、それが我々の最大の弱点になる」
蒼響の言葉は、いつも以上に重かった。
今回、致命的な敗北には至らなかったものの、初めて心の深層を攻撃され、二人は今まで感じたことのない恐怖と向き合っていた。この先、彼女たちを待ち受ける戦いが、これまでとは一線を画すものであることを、はっきりと突きつけられたのだ。
夕暮れの空は、まるで二人の心の影を映すかのように、不穏な色を湛えていた。
「この二人が織りなす二色のシンフォニー セイクリッドボイス」。
その名乗りが、果たしてこの「静寂の侵略者」に、どこまで届くのだろうか。
中央図書館の、陽当たりの良い窓際。
蒼響――高木友梨佳は、いつものように分厚い古文書を机に広げ、その内容を丹念に読み解いていた。彼女にとって、この静寂と、そこに堆積された無数の知識こそが、世界の真理へと至る唯一の道だった。文字の一つ一つ、行間の僅かな余白にさえ、何らかの情報が隠されている。それはまるで、複雑な数式を解き明かすような、至高の喜びだった。
だが、最近は、その「静寂」の意味合いが少し変わってきていた。以前はただの背景音だった外の喧騒が、今は「守るべきもの」として、耳の奥で微かに響いている。そして、その意識の変化には、いつも紅鳴――高野麻里佳の、あの真っ直ぐな眼差しと、情熱的な声が伴っていた。
「高野さん、今日の予習は完璧だよ!」
昼休み、紅鳴は蒼響の横に立ち、そう言って自信満々にノートを見せてきた。蒼響の緻密な分析と、紅鳴の直感的な理解力が、最近の予習では見事に噛み合っている。
「……効率は、上がったな」
蒼響の短い言葉に、紅鳴は嬉しそうに笑った。「でしょでしょ!高木さんのおかげだよ!」
その笑顔が、図書館の静かな空気に、まるで小さな波紋を広げるように響く。蒼響は、いつの間にか、紅鳴の声を聞くと、心がわずかに温かくなる自分に気づいていた。それは、理屈では説明できない、しかし確かな感情だった。
その日の午後、街に再び異変が訪れた。
今度は、耳を塞ぐような物理的な音ではなく、人々の「思考」そのものを侵食するような、歪んだ「ノイズ」が街を覆い始めた。駅前の広場では、些細なことで口論になっていた二人が、あっという間に激しい言い争いに発展する。まるで、理性が薄い霧に包まれたかのように、誰もが感情的に、そして衝動的になっていく。
「やめろ、落ち着け!」という誰かの声は、瞬く間に他の怒号に掻き消され、広場は混とんとした感情の嵐に包まれた。
蒼響は、その光景を目の当たりにし、思わず息を呑んだ。
「これは……思考のノイズ、か。感情を直接的に増幅させ、理性的な判断を麻痺させる」
古文書に記された記述が、脳裏をよぎる。しかし、目の前の現実は、古文書の言葉よりも遥かに生々しく、そして暴力的に人々の心を支配していた。彼女はすぐに「セイクリッドボイス!」と叫び、シンフォニーブルーへと変身した。
「蒼響(あおと)のハーモニー シンフォニーブルー!」
彼女の冷静な声が、ノイズの渦中に響き渡る。人々の混乱を鎮めようと、分析に基づいた指示を出す。
「皆さん、感情に流されないで!深呼吸をして、冷静に状況を判断してください!」
だが、彼女の言葉は、熱に浮かされた人々には届かない。むしろ、冷静な言葉が、彼らの怒りを逆撫でするかのように、さらに混乱を加速させていく。
サイレンサーズが、その隙を突いて人々に襲いかかる。彼らはノイズで麻痺した人々の「思考の粒子」を奪い取り始めた。
「ブルー!」
紅い光と共に、シンフォニーレッドが颯爽と駆けつける。
「紅鳴(くれな)のメロディ シンフォニーレッド!」
レッドは、迷わず混乱する人々の間に飛び込み、サイレンサーズと直接対峙する。
「みんな、大丈夫!絶対、声も心も奪わせないから!」
彼女の歌声は、理屈では理解できない「情熱」そのものだった。それは、人々の理性を回復させるのではなく、心の奥底に眠る「勇気」や「希望」といった、純粋な感情を揺さぶった。
「レッド……」
シンフォニーブルーは、その光景に愕然とした。自分の冷静な言葉が届かなかった人々が、レッドの歌声に、徐々に正気を取り戻していく。それは、彼女の計算を超えた、予測不能な力だった。
「ブルー!分析はもう十分だろ!早く、このノイズを消し去る方法を見つけて!」
レッドが叫びながら、サイレンサーズを押し返す。その真っ直ぐな声が、ブルーの脳裏に響く。
「……確かに。この状況に、私の『冷静さ』だけでは限界がある」
ブルーは、古文書に目を走らせる。そして、ある記述に目が留まった。
『真のハーモニーとは、理(ことわり)と情(なさけ)の融和をもって為される』
自身の「知性」と「冷静さ」だけでは、全てを救えない。それは、レッドの「情熱」という、もう一つのピースがあって初めて完成するのだと。
「レッド、ターゲットはサイレンサーズが放つノイズ発生源だ!正確な周波数を特定する!君のメロディで、その中心を狙うんだ!」
ブルーが指示を出すと、レッドは深く頷いた。二人の心が再び一つになる。
ブルーの精密な解析能力と、レッドの感情を込めた歌声が、今、完璧なハーモニーを奏でる。二人の必殺技が炸裂し、ノイズ発生源を破壊。街を覆っていた歪んだ思考のノイズは、嘘のように消え去った。
戦いを終え、変身解除した蒼響は、まだ少し興奮冷めやらぬ紅鳴の隣で、静かに呼吸を整えていた。
「今日のノイズは、私の予測を超えていた。……君の情熱がなければ、多くの人々を救えなかった」
素直な賞賛の言葉に、紅鳴は照れたように笑った。「そんなことないよ!高木さんの的確な指示がなかったら、私は突っ走るだけだったし!」
その言葉に、蒼響は再び、心が温かくなるのを感じた。自分の「冷静さ」や「知性」は、決して万能ではない。しかし、紅鳴の「情熱」と合わさることで、それはより大きな力となり、真の「ハーモニー」を奏でるのだと。
夜空には、静かに星々が瞬いている。
二人の間には、まだ言葉にできない、しかし確実に育ち始めた信頼と、互いへの尊敬があった。
「この二人が織りなす二色のシンフォニー セイクリッドボイス」。
蒼響は、その名乗りの意味を、今、より深く、そして熱く、心に刻み込んでいた。
舞台裏の輝き、新たな始まりのプロローグ~再構築(リビルド)の歌と、蠢く影
あの最終決戦から、数年の月日が流れた。
かつて、俺が狂気的な「愛」のままに破壊し尽くした戦隊ヒロイン劇場は、見事にその姿を変えていた。瓦礫の山と化した舞台跡には、最新鋭の技術を駆使した「戦隊エンターテイメント・ミュージアム」が設立され、その一角に、これまでの戦隊ヒロインの歴史と、彼女たちを演じた女性声優たちの功績を称える「永遠の輝きギャラリー」が併設されていた。
俺は、そのギャラリーの片隅で、来場者に熱く解説する、一人の男になっていた。首には、かつての武装を改造したかのような、しかし無害な小型の電子デバイス。俺の瞳には、かつての狂気は宿っていない。代わりに、穏やかな熱と、深く澄んだ光が宿っている。
「……そして、こちらが、チェンジマーメイドの相坂優歌さんが、初めてステージに立った時の衣装レプリカです。彼女の歌声は、まるで深海の真珠のように透き通っていて……」
マニアックすぎる解説に、子供たちは目を丸くし、親御さんは苦笑い。それでも、俺は構わない。俺の「愛」は、もう誰かを「解放」する形ではなく、誰かを「守り」、誰かの「夢」を「支える」形へと変化していたのだ。
あの日の最終決戦。三森チェンジマーメイドと新田チェンジフェニックスの、二人の「愛」と「絆」は、俺の歪んだ狂気を打ち砕き、俺に「真実の愛」を教えてくれた。瓦礫の中で、幻影として現れた相坂優歌さんの言葉は、今も俺の胸に焼き付いている。「私たちの『物語』は、貴方の手で終わったかもしれない。でも、私たちの『魂』は、貴方の中で生きている……。そして、私たちは、ここからまた、新しい『物語』を紡ぐんだ」
俺の心の中には、今も彼女たちの「輝き」が満ちている。だが、それは、俺だけのものとして閉じ込める「永遠」ではなく、誰かと分かち合い、誰かの心に灯る「希望」の光として、存在している。
時には、過去に戦った女性声優たちが、このギャラリーを訪れる。
「やあ、ユウヤさん。今日も熱心だね」
そう声をかけてきたのは、ブルースワロー高野麻里佳さんだった。彼女は、あの事件後、舞台演劇の世界でさらに活躍し、観客に「希望」を届ける活動を続けている。
「高野さん! いえ、とんでもない。皆さんの輝きを、後世に伝えるのが私の使命ですから!」
俺は、かつての狂気を微塵も感じさせない、穏やかな笑顔で彼女を迎え入れる。彼女の瞳には、あの時の憎しみではなく、どこか懐かしむような、優しい光が宿っていた。
「相変わらず、変な情熱だね」と笑うのは、デカピンク雨宮天さん。「でも、ユウヤさんが変わってくれてよかった。あの時は、本当にどうなることかと……」
「そうですね……ご迷惑をおかけしました。本当に……」
俺は、心から頭を下げた。彼女たちの笑顔が、俺にとっての何よりの贖罪だった。
そして、このギャラリーの再建を主導したのは、三森すずこチェンジマーメイドと新田恵海チェンジフェニックスだった。彼女たちは、あの事件を「乗り越えるべき試練」として捉え、そこから得た教訓を未来へと繋げたのだ。
「ユウヤくん、無理は禁物よ。でも、貴方のその情熱は、今や私たちにとって、かけがえのないものだわ」
三森さんの言葉は、まるで澄んだ泉のようだった。
「そうだよ! みんなの夢を創ることに、その全力を使うんだ! 応援してるからね!」
新田さんの言葉は、燃える炎のように俺を励ましてくれた。
俺は、彼女たちの優しさに、改めて涙が滲む。俺の「物語」は、ここで終わりではない。彼女たちと共に、新たな「物語」を創っていく。それが、俺に与えられた、真の「使命」なのだと。
しかし……。
夜、ギャラリーの閉館後。俺は一人、静かに「永遠の輝きギャラリー」の中央に立つ。そこには、俺が「解放」した女性声優たちの、戦隊ヒロインとしての姿を象ったホログラムが、静かに輝いている。
「優歌さん……ゆりぽん……まりんか……明里さん……天さん……毬亜さん……いのりさん……未可子さん……綾音さん……そして、すみれさん……」
俺は、彼女たちのホログラムに、そっと触れようと手を伸ばす。
その時、俺の胸元に仕込んだ電子デバイスが、微かに、そして不規則な鼓動を刻み始めた。それは、かつて俺の「狂気」を増幅させた、あの震動と酷似していた。
俺の瞳の奥に、かつての、あの狂気に満ちた光が、一瞬だけ、チカッと宿る。
「……あれは……何だろう……?」
俺は、そのデバイスから発せられる、微かな電子信号を辿る。その信号は、この劇場の下、地下深くへと続いているようだった。そして、その信号は、どこか既視感を覚える、しかし、これまでにはない、新たな「エネルギー」の波を伝えていた。
「この感覚……この『輝き』……まさか……」
俺の心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。それは、恐怖か、あるいは、抗いがたい「渇望」の再燃か。
かつて、俺が破壊した劇場の「メインコンピューター」や「生命維持装置」の残骸から、微かな「信号」が発せられているように感じられた。それは、まるで、過去の「物語」が、新たな形で「再演」を求めているかのようだった。
「俺の『物語』は……まだ、終わっていなかったのか……?」
ユウヤの口元に、微かな、しかし歪んだ笑みが浮かぶ。
ギャラリーのホログラムは、静かに輝き続けている。しかし、その輝きの奥には、新たな「影」が、ゆっくりと、しかし確実に蠢き始めていた。
――この物語は、まだ、序章に過ぎない。
――彼女たちの「魂」を、本当に「永遠」へと導けるのか?
――そして、彼の「愛」は、次に何を求めるのか?
崩壊から再構築された劇場の地下で、新たな「物語」の胎動が、静かに、しかし力強く、響き渡っていた。
ヒロイン:チェンジマーメイド(白色のチェンジスーツ)の三森すずこさん自ら演じ
チェンジフェニックス(桃色のチェンジスーツ)の新田恵海さん自ら演じ
敵の陣営:戦隊ヒロインと女性声優の沼にはまってしまったヲタク戦闘兵
愛の終焉、そして始まり~壊滅劇場(テアトル・デストロイ)、再演の調べ
瓦礫と化した劇場の中心。そこは、もはや狂気の「愛」を成就させるための聖域ではなく、俺――ユウヤが、これまでの罪と向き合うための、終焉の舞台であった。チェンジマーメイド・三森すずこさんとチェンジフェニックス・新田恵海さんの圧倒的な力、そして揺るぎない「絆」の前に、俺の「狂気」は完全に打ち砕かれた。身体は満身創痍、精神は崩壊寸前。俺は、二人のチェンジマンに捕縛され、破壊されたステージ中央に膝をついていた。
俺の脳裏には、これまでに「解放」してきた女性声優たちの姿が、走馬灯のようにフラッシュバックする。相坂優歌、高木友梨佳、高野麻里佳、鬼頭明里、雨宮天、指出毬亜、水瀬いのり、小松未可子、佐倉綾音、そして上坂すみれ……。彼女たちの、諦めと悲しみ、そしてどこか満ち足りたような、あの表情。それは本当に「解放」だったのか? 俺の「愛」は、本当に彼女たちを幸せにしたのか?
「貴方の言う『愛』は、本当に、彼女たちを幸せにしたのか?」
チェンジマーメイドの、優しくも鋭い声が、俺の心の奥底を震わせる。
「私たちが守ろうとした、みんなの笑顔は、貴方には見えないのか?」
チェンジフェニックスの声が、情熱を帯びて俺に問いかける。
俺は、彼女たちの言葉に、これまで目を背けてきた自身の「狂気」の深淵を覗き込む。俺が本当に求めていたものは、何だったのか? 俺が破壊したものは、一体何だったのか? この虚無感は、何だ?
その時、瓦礫の中から、まばゆい光と共に、かつて俺が「解放」したはずの、相坂優歌さんの姿が、幻影のように現れる。彼女の透き通るような白いスーツは、光を帯びて輝いていた。そして、その背後には、高木友梨佳、高野麻里佳、鬼頭明里、雨宮天、指出毬亜、水瀬いのり、小松未可子、佐倉綾音、上坂すみれ……これまで俺が戦い、勝利してきた全ての女性声優たちの幻影が、それぞれの戦隊ヒロインの姿で静かに微笑んでいた。彼女たちは、俺を咎めるでもなく、ただ静かに、そして優しく、俺を見つめていた。
「私たちの『物語』は、貴方の手で終わったかもしれない」――相坂マーメイドの幻影が、澄んだ声で語りかける。「でも、私たちの『魂』は、貴方の中で生きている……。そして、私たちは、ここからまた、新しい『物語』を紡ぐんだ」
その言葉は、俺の耳に、まるで甘い歌声のように響いた。俺の歪んだ「愛」が、初めて「真実の愛」へと昇華される瞬間だった。俺は、自身の行為が「解放」ではなく、「破壊」であり、その破壊の中に、彼女たちの「希望」を閉じ込めていたことに、ようやく気づいたのだ。心からの後悔と、彼女たちへの感謝の念が、とめどなく、俺の胸を満たしていく。
「俺は……俺は間違っていたのか……。だが、アンタたちの輝きは、確かに、俺の心を……! ありがとう……ありがとう……!」
俺の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。それは、狂気の終わりを告げる涙であり、同時に、真実の愛の始まりを告げる、温かい涙だった。
三森チェンジマーメイドと新田チェンジフェニックスは、ユウヤの心の変化を感じ取り、最後の攻撃ではなく、彼に優しく手を差し伸べ、抱きしめる。二人のチェンジスーツの光が、俺の体を包み込み、冷たかった瓦礫の感触が、温かい温もりに変わっていく。
「貴方の『愛』は、確かに歪んでいた。でも、その情熱は、偽物ではなかった」――三森マーメイドの言葉が、俺の心に温かい光を灯す。「だから、私たちは、貴方をもう一度、信じてみる。もう一度、私たちと一緒に、新しい『物語』を紡いでいきましょう。今度は、壊すためじゃない。創るために」
新田フェニックスもまた、静かに頷き、その手を握ってくれた。その手は、かつて俺が破壊しようとした「絆」の温もりそのものだった。
俺の「狂気」は、彼女たちの「愛」によって、純粋な「愛」へと昇華されたのだ。彼にとっての「HAPPY END」は、勝利ではなく、彼女たちと共に未来を創造することだった。破壊された劇場の中、俺の心には、これまで感じたことのない、穏やかで満たされた幸福感が広がっていた。
瓦礫と化した劇場。しかし、この瞬間、俺と二人のチェンジマン、そして幻影のヒロインたちが織りなす、誰にも理解されなかった究極の「物語」は、終焉を迎えると同時に、新たな「始まり」を告げたのだ。
「ああ、そうだ……。俺たちの『物語』は、ここから、永遠に、始まっていくんだ……」
崩壊した劇場に、ただ一人のオタク兵士の、狂気じみた、しかし至上の幸福を湛えた声が響き渡った。
【戦隊ヒロイン女性声優 HAPPY END】