ハロウィン🎃の季節だね。早いなあ、一年が経つの。定着した感じなのかな。カボチャのおばけ、面白いからな。これはもともとはケルト人のお祭りらしいが、それで思い出したけど、高校の頃、ケビン・ローランド・アンド・デキシー・ミッドナイト・ランナーズというバンドのToo Rye Ay ってアルバムをまー、よく聴いたなあ。それこそテープが擦りきれるんじゃないかというぐらい聴いたなあ。アルバムの中の流行った曲はカモン・アイリーンだけなんだけど、名盤だと思う。A面の二曲目なんて歌謡曲みたいな曲調で、当時ちょっと不思議な気がした。同じ頃、イーグルスのホテル・カルフォルニアもよく聴いた。あれは架空のホテルなのか、実在するホテルなのか、当時から気になってたけど、どっちなのか未だにわからない。おれは現在も過去も日本語以外、何語もしゃべれないが、他教科はまるっきりダメだったのに、何故か英語の点数はましだった。それで英語の教師には割と好かれていた。早見優が好きな教師がいて、ある日小テストの紙の裏にイーグルスの一曲New Kid In Town と落書きしたら、forever !などと返事を書いて寄越してくれたという、こそばゆいような思い出もある。高二の時だと思うが、フォルクスワーゲン・ビートルで学校に来る女性教師がいて、英語の教師だった。授業中、大あくびをして、ハイ答えてと当てられ、見事正答したというおれのキャラじゃないような優等生的思い出もある。だからだろうが、これまたおれには似合わず、おれは密かにこの年上の女性教師を憧憬していた。映画のプライベートレッスンとか、「青い」なんとかみたいな、そういう妄想をしていたわけではなく、ごく淡い恋心を抱いていたという、まあ、おれにもそんなキャラがあるんだなと思う。高二の時は好きになりかけたクラスメートの女子がいたが、ある時、授業が終わって廊下から中庭を見下ろしていたら、その女の子が背の高い男子と並んでいっしょに帰る光景を目撃した。ショックとか悔しさよりも、なんであんなに簡単にことが成就するんだろうと不思議で仕方がなかった。古文が赤点ばかりで、それに比して数学が高一の時までは成績が良かった。高二の時、数列(集合論とか無限大とか行列とか)が出て来て全然ついて行けなくなったのに、NHK出版の(誌名の記憶があやふやであるが)「NHK市民大学」という雑誌の建築特集でアントニオ・ガウディを見て、これだ!と惚れ込み、我が行く道は建築なりと決めてしまった。そうすると理系に行くしかない。それで高三の時は理系のクラスに行き、絵に描いたように落ちこぼれることになった。理系だから女子が五人ぐらいしかいない。もともとそういう傾向があったので、女性恐怖症の性格がかくして形成された。夏に全員参加の勉学の強化合宿があった。夜になって肝試し大会があった。おれは昔からジェットコースターは顔を下に向けて金玉が縮み上がる程全然駄目であるが、墓場の中を歩いたりするのは割とオーケーという性格だった(ただしテレビでよくやる廃墟の類いは苦手)。クラスメートとペアで歩いていると、文系クラスの女の子が突然暗闇からワッ!と驚かせて来た。そこでニヤニヤ笑ってみせたら、去り際、その女の子が、「本当は嬉しいくせに」と言った。おれは、うん? 言ってくれるじゃねーかと振り返った。救いであったろう。


(25日)

「岩井さんとしては、喜ぶべきか悲しむべきか、一応、やっぱり全損ということになりまして…」と車屋から電話。どうやら計らずも、最新式の車に乗り替えることになりそうである。