日本全国のAppleファンの皆様へ


おはようございます。昨日、色々なトラブルに見舞われながらも

なんとか、オタバジル家にも無事”iPad2(white WiFi 64GB)様”が

ご降臨されました☆


otabasilさんのブログ


otabasilさんのブログ

セットアップに3時間程要しましたが、何とか動きだしました。

GWは、一緒に過ごして行きたいと考えます。


売りは、

・CPUのスピード(結構快適ですね!)

・カメラ

・HDビデオ

・USB→HDMI→TVへ画面が映せる!!



otabasilさんのブログ-HI360771-0001.JPG

昨日朝6時のTVで、発売を見た瞬間に、お店にダッシュしている自分がいました!

「量販店=秋葉原マルチメディア館」「ソフバンショップ八重洲中央口店」「銀座アップルストア」

と悩んだ結果、白WiFi_64GBを扱っているアップルストア銀座店に朝8時前に並んだ。


店員さん曰く、先頭の方は6時から並んでいたらしい。

朝8時の時点で、列は約100名。結局、10時20分に購入完了しました。

全国にいるキャンディーズフアンの皆様へ

こんばんは。オタバジルと申します。

全国にいるキャンディーズのフアンのいち代表として、田中好子(スーちゃん)さんの通夜に行きまして…焼香させて頂きましたクローバー

あの同じ世代を生きた仲間として、昨夜よりもう一度あの頃の事を思い返しています。

キャンディーズも、皆様達も、そして私自身にも素敵な素晴らしい時代でしたクローバー

撮影は、報道機関だけしか認められませんでしたので、記帳後に頂きました『田中好子のあゆみ』の表紙写真のみを共有させて頂きます。

キャンディーズのいちフアンよりotabasilさんのブログ-HI360750-0001.JPG

オタバジルも21日に「元キャンディーズのスーちゃんが亡くなった」事はニュースで知っていました。
でも、彼女の当時の伝説の内容については「昨夜の報道特集を見るまで知りませんでした」。

テレビが言ってた内容をトレースすると、
 ・田中好子(スーちゃん)は享年55歳。死因は乳がん転移。
 ・キャンディーズのデビューは16歳。その後ブレークまでは少し時間が掛かったが
  ”年下の男の子”でブレーク。その後ヒットを連発する。その後4年半後、日比谷野音
  (野外音楽堂)にて1977年7月17日、緊急コンサートを開催しあの伝説に残る「普通の
  女の子に戻ります!」を最後にグループを解散する。当時はアイドルが所属事務所に
  逆らうのはご法度。そんな中のでの出来事だったらしい。
 ・20歳を少し過ぎたスーちゃんは、当時はアイドルから女優への転身は不可能といわれる中
  持ち前の”才能の不足を努力で補う直向な姿勢と努力が認められた”後に黒澤明の”黒い雨で女優業でもブレーク”
 などなど。。。

今日はお昼から、オタバジルの原点”キャンディーズ”のスーちゃんの今夜の通夜には”行ってきたい!”。


「普通の女の子に戻ります!」っていう伝説のMESSAGEを残して、アイドルの絶頂期に引退したキャンディーズ。。。。
その後、知り合いだった”夏目雅子のおにいさん=小達一雄氏”と2年後に結婚。

結婚翌年の1992年 (平成4年)に乳がんが見つかり、幾度か再発を繰り返したが、いずれも早期発見で治療を続けながら芸能活動を続けていたことなどが夫の小達一雄によって初めて公式に明らかにされた。闘病の事実はごく一部の親しい関係者にのみ伝えられ、共演者には一切明かされていなかったという。
2010年 (平成22年)10月に十二指腸潰瘍を患い、その治療のため絶食をしたことで体力・免疫力が低下、乳がんが再発。2011年 (平成23年)2月 にはがん細胞組織が急激に増殖するラッシュ状態となり、肺や肝臓にもがんが転移、懸命の治療も甲斐なく2011年 (平成23年)4月21日 午後7時4分頃、逝去[1] [3] [4] 。55歳没。

★★昨夜夜の”キャンディーズのスーちゃん”特集を見ていて、
「アイドルから→普通の女の子へ→結婚→新婚2年目で乳がん発病→誰にも言わずに闘病生活と女優業を開始
 →1989年黒い雨で成功→ガン発病後19年ひとりで頑張る→2011年2月肺や肝臓にもがんが転移→2011年 (平成23年)4月21日 午後7時4分頃、逝去[1] [3] [4] 。55歳没。」

”普通のアイドル”に戻り、そして壮絶な20年の人生を生き抜いて、たった55歳で亡くなった。。そんなスーちゃんの人生を知ってしまい、私オタバジルは、一人のフアンである自分、そして同世代の一人の人間として、今日は”どうしても”青山斎場”に行き、スーちゃん”を遠くから見送りたい。
そんな衝動に突き動かされています。


★★もうひとつ、テレビでは言っていました。
「キャンディーズが1977年7月17日、東京日比谷の野外音楽堂(日比谷の野音)で解散した後、キャンディーズの全国キャンディーズ連盟なる キャンディーズのファン組織が、ある事を企画計画して→実行→実現したそうです」「全国キャンディーズ連盟なるキャンディーズのファン組織が実行した計画は、”オリコン1位を取れなかったキャンディーズの最後の曲を=オリコン1位にする事!!”」「いまではAKB48をはじめ、当たり前の事である”アイドルとファンの一体化”」「解散、そして卒業の曲である”微笑み返し”をオリコン1位に押し上げる」そんな活動をファンが全国で繋がり→一体化→実現できた。。。。


 そんなエピソードを聞いて、バジルは10代の自分にデジャビュ!どうしても、今夜青山斎場に行かなければ。。。と今強く感じています。

長文を読んでくれてありがとう。


  • 水谷豊伊藤蘭 の夫)が『うたばん 』(TBSテレビ)に出演した際に、「キャンディーズの3人が家(水谷豊邸)に集まって長い時間談笑しているんだよ」ということを語っていた。

  • 出演 [編集 ]

    映画 [編集 ]

    テレビ [編集 ]