普通の感覚を大切に
自由な人はきっとすごい人なんだろうな
あの人はきっとたくさん努力をしているんだろうな
私が夢を達成するには、今のままではいけない
私たちはキラキラするものを見た時に、それが自分とはかけ離れているように思うことがあるよね。
そして、そんな風になろうと努力をする。
何故ならキラキラすれば、今の不満や自信のなさ、抱えている問題から解放されると信じているから。
だけど、いくら頑張って達成しても、全然キラキラしていたあの人みたいななれていない。
おかしいな。
もっとすごいことが起きるんじゃないのかな?
もっと素敵なことが起きるんじゃないのかな?
わたしは、素敵な人になるんじゃないの?
もっと頑張らないと!!
私は、人一倍頑張らないといけないんだ!!
そうやって、いつまでも「すごい人」になるために頑張ることはない?
すごい人になりたい気持ちはどこから出て来たんだろう?
例え、どんなに特別なことをしても、特別な存在になろうとしても、いつでもいるのは「わたし」なんだよ。
わたしでいるのは、普通でしかない。
当たり前の感覚。
そう。
この普通を置いて、すごい人になろうとするのは、「わたし」を置き去りにしている証拠なんだ。
感じるのは、わたし。
わたしがいるから、体感ができる。
そのわたしを忘れちゃ、話にならない。
例え、キラキラしているように見えても、それは幻。
自分がキラキラしている時は、その状態が普通なんだから、なかなか気づきにくいもの。
だから安心して、普通に戻ろう。
普通の姿を堂々と見せている光景を見て、人が「あの人キラキラしているね」って、言うんだから。
「あれ!?わたし、キラキラしてたんだ!!な〜んだ、普通なんだな。」って、気づくよ。
面白いよね。
おしゃべり天子ちゃんより