第1回 「病院で死ぬということ」 (1990 山崎章郎 著) 2013 1 25
死因の第一位は癌である。二位が心疾患、三位が老衰である。
現在は二人に一人が癌になる時代であるが、早期発見で90%が治るという。癌の原因は細胞のコピーミスであると言う。人間の細胞60兆個であり、毎日1兆回の細胞分裂を繰り返す。そのうち数千個の細胞にコピーミスが起り、後に免疫によって排出されないものが癌となるという。
早期発見により90%が治る時代。早期発見が重要である。各自治体では年1回健康診断の際に、癌検診も行う。
以下の文章は30年前に著された作品について10年前に書いたものだ。(2024 10 20)
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終末期医療に対する「怒り」の書である。(『家で死ぬこと』山崎章郎 著 2011)の21年前の1990年に、書かれたものである。その「怒り」が、筆者を市民病院の医師からホスピス医へ、さらに在宅医へと歩みを変えさせた。
「ある男の死」は、いま読み返しても強烈である。男は肺炎と知らされていたが、実は食道がんであった。初めは肺炎という判断で気管を切開され、そこから痰を吸引された。男は声を失った。次に、末期食道がんとわかった。食道から気管壁を破壊してトンネルができ胃液などが流れ込むため、今度は鎖骨下を開いてチューブで栄養を送り込まれることになった。一時的な改善はあったが、次第に重篤になった。男には肺炎としか知らされておらず不審を持った。また、看護師の痰の吸引には苦痛の涙を流すけれど、声が出ないので訴えられない。
おむつをし、尿道にはカテーテル、意志表示はできず、死のうにも栄養剤の点滴で死ねず、男は心はあるが物体と化していった。苦しみと不審のかたまりであった。最後に妻は迷いに迷った挙句、苦痛しか生まぬ治療の中止を願い出て、夫はやっと死ねる。本人不在のところで、延命治療だけが続いていくなかでの苦しみである。
以下、既に死んでいる患者に、技量を上げるため、気管へのチューブ挿入を試みる若い医師を扱った「密室」。普段は患者に冷淡に対応しているのに、死ぬと死亡診断書を盾に病理解剖を迫る「脅迫」。シベリアでの厳しい体験を持つ肝臓がん患者。さすがの彼も、痛みを我慢しきれず鎮痛剤を求めるが、蒸留水をうたれ、誇り高き男が次第に卑屈になっていく「シベリア」。「希望」では、放射線治療が一時は効果を生むが、今度はその副作用のびらんを生み、その治療を行っていく苦痛の中で、幻覚を見るようになる。「希望」は死ぬこととなる。
二十年前の本である。告知の思想はあった。しかし、上記の事例ではいずれも告知していない。人間の治療というより、延命をのみひたすら行っている。それが正しいと思っている。一方患者は人生の終末を充実させることはできない。苦しむだけ苦しんで真実も知らず、だから本当の意味で闘いもできず、死んでいくのである。
「だが、ある日、彼女の痛みの訴えを聞いたある看護婦が鎮痛剤の注射の代りに、一杯の暑いコーヒーを持って行った。そして、コーヒーをすすめながら、患者のさまざまな訴えを心から共感しながら聞いた。その翌日から不思議なほど、彼女の訴えの痛みは少なくなり、鎮痛剤の使用は激減したというものである。もちろんこれは実話である。」(「シベリア」)
相手にどう接するか、示唆的である。
それでは、筆者はがん患者どう向き合ったか。どう向き合おうとしたか。筆者が進むべき道を見つける「僕自身のこと」。夫婦ともがんになり、治療上、別の病院に入院する「一五分間」では、命を縮めながらも夫に会いに行く妻の話である。終末期を家に帰り「五月の風の中で」死を迎える腕のいい技能労働者。一切の延命行為をしない「約束」で再入院し、眠ったまま息を引き取る老婆。死を受け入れながら家族への思いを遺書に託す「息子へ」では、死を迎える姿に心うたれる。
なかでも「パニック」は感動的である。家庭を顧みない夫の死後、日雇い労働をしながら女手一つで三人の子どもを育て上げる。やっと平穏な日が来ると思われた矢先、がんに襲われる。子どもたちは母への告知を望まないが、悪化する症状から患者の感情が爆発する。つながれたチューブを引きちぎり、ほんとうのことを言えと迫る。その最悪の状況での筆者からの告知。怒り、恨み、責め。患者も医者も家族もすべてが追い込まれる。最期の十日間を彼女は家で過ごすことになる。その帰り際、筆者に抱かれて車に乗せられるとき、患者は耳元で「先生、ありがとうね」とささやく。過酷な運命ではあるけれども再生がある。この先、一章だけ読み返すとすれば、この章であろう。
心の痛みを抱えながら、最善を尽くそうとする医師の痛ましいほどの献身がある。勿論患者は苦しい。しかし、これほどに患者に寄り添う医師がいることで、死が逃れられないものだとしても患者は間違いなく救われる。初め、私は「怒り」の書だと書いたが、実は「愛」の書である。(2013・1・25)
(11年前の文章です。時代に合わないところがあるかも知れません。しかし、普遍の真理もあると思います。)