私が思う、思いたい。
そういった喜怒哀楽って何だろう?
それをボンヤリと考えてみた。
喜は、出来るだけ人が傷つく事のない楽しさ。それが気持ちの内側で感じるだけでも良いし外側へ共有できるのも良いなと。
怒は、内側で沸々と感じるものもあれば、外側へ表現する事も多々で、内容や質によっては目を背けたくなることも。
哀は、自分のみが哀しいと思う事もあれば、近しい人や誰かしらの不幸などで沈む気持ちになる事も。
楽は、喜びにも通じるがこれを表現できる人は何故か明るい光に照らされている感じがする。
あくまでこれらは私の観点です。
これらは内にも外にも在るものなんだなと。人間の概念ですから当然ですが。
ただ怖い面もあるなと思うのは、喜怒哀楽も悪い意味で他者を巻き込んではいけないなと。
感情って一方通行だと余りに意味を成さないと考えていて、双方向かつ結果的に双方納得出来なければそれは人間の感情では無くなってしまえのではないのかなと。つまり本能のみ。
特に怒りに関して言うと分かりやすくて「この人は何に怒ってるの?」と感じる瞬間って多くの人が感じた事があると思う。最早それは理不尽レベルで。
些細な事や、その人にとって無関係な事で謎の怒りをアウトプットするのは違うだろうと。しかもこの手の怒りは簡単に出しやすい。安易と言っても過言では無いかなと。
そこで関係性を崩したりするのは勿体ない。人の繋がりがそれで壊れるなんてそれこそ悲しい。
難しいかも知れないけれど、怒りっぽいと自覚してる人は、そんな場面になったら一旦深呼吸して「考えること」をして欲しい。冷静に、落ち着く。中々難しいけど、ここをしなければ変化出来ない。
勿論、筋も通っておらず理不尽過ぎる事に対しては場合にもよるけど怒って良いと思います。それで良い流れになる事もあるから。
喜怒哀楽に関しては正解は無いとは思ってます。
ただ、それで誰かを簡単に傷つけたり踏みにじる事だけは避けたい。
この点に関しても、人間も完璧じゃないから失敗はします。
でもだからこそ反省して前に進む知恵とチャンスがあるはず。
そう信じたい。