本日もTVから言葉が発せられました。世の中を映す鏡それがTVなのです!
しかしまったくすごい言葉を発したものでした。それは「母」。それでは元気にいってまいりましょう!
相手に呼びかけるときには一般的には相手の名前を言わなければなりませんね。例えば「○○ちゃーん!」だとか、「このバカ犬が!」とか、「てめえ!」とか、「うんこ!」とか、「おしっこー!」とか、「スカトロ―!」とか、いろいろですよね。ふざけすぎました。
母の場合はどうでしょうか。母、おかあさん、おかん、マザー、ママン、マミー、などなどが今パッと思いうかびました。ほかにもありそうです。ちょっと検索してみることにします。
いろいろ出て来ました。
「かあちゃん」 「おふくろ」 「母上」 「おっかあ」
こんなのもありました
「かあさま」 「陽子さん」 「女将さん」 「おーい」
「かあさま」は宮崎駿アニメやまんが日本むかしばなしとかでよく出てきてましたね。尊敬をこめた言い方の中にかわいらしい響きも含んでいます。
「陽子さん」、自分の母親のことを下の名前で呼ぶのはよそよそしい感じがします。調べてみたら中学高校ぐらいになって自立心が芽生え出す頃に比較的多いみたいです。また意外にもそのように下の名前で呼んでいる人はたくさんいるようです。
「女将さん」、これはなかなかないパターンだとは思うのですが、旅館を経営している家の息子さんです。母親のことを皆が女将さんと呼ぶのをいつのまにやら真似してこのようになったらしいです。母親としては、息子に女将さんと呼ばれて本当にそれでいいのか、父親は何も言わないのか、家庭環境が非常に気になってしまいます。
「おーい」、夫が妻のことをおーいと呼ぶのはいわゆる照れからくるものでしょうが、子供が母親のことをおーいと呼んでいるのはどこかしらひんやりとした感情を感じます。これまた先に挙げた「陽子さん」のようによそよそしい感じがします。
女性は結婚して子供を産んで母親になるにしたがってどんどん強くたくましくなっていきますが、良く言えばたくましくなるであって悪く言ってしまえば”適当で我が強くなる”でしょうか。
私が小学生の時分には門限がありました。母親は私に夕方までに帰って来なさいというので、まだ小学低学年だった私は「じゃあ夕方って何時?」と聞きました。彼女は「夕方は6時よ」と言うので私は言われた通り6時には帰ってきました。しかし、翌日も遊びに出かけた私が前日と同じく6時に帰ってくるとその日は彼女は玄関でぷんぷんして怒っているのでした。「今日もちゃんと夕方6時に帰ってきたのに何で怒ってるの?」と私が言うと彼女は「今日の夕方は5時半なの!」と言うのでした。「昨日の門限は6時だったけど今日の門限は5時半なのよ」との事でした。どうやら彼女の言う「夕方までに帰って来なさい」は「夕飯までに帰ってきなさい」であり、それに気が付いた私が「じゃあ夕飯は何時なの?」と聞くと「たぶん6時ぐらいだけど、実際には作ってみないとわからない」と言うのでした。嗚呼なんという理不尽な。また、それは夕方だけではなく「朝」「昼」「夜」に関しても同様の、私から見ると理不尽以外なにものでもない時間の概念やゴリ押しの独自の論理がそこには存在し、小学生だった頃はもとより大人になった今の私でも到底太刀打ちできるものではありません。
思うに、それは毎日毎日放っておいても怒涛のように押し寄せる家事育児、日々の生活の中で身に付けた経験からくる技術なんだと思うと尊敬と同時に古くからある格言も納得できるというものです。
「母は強し」とはよく言ったものでした。