他人に指摘されて初めて気が付くことは別に珍しい事ではない。
自分のことは良く分かっているつもりでも、意外に自分の足元は
見えていないことが往々にしてよくある。
私は自分が何事に対しても怠惰な人間であることは、
二十数年も生きていれば周知の事実として自分も周りも
分かっている、という認識でいたのだが、さてここにきて
新たな発見というよりはむしろ再認識させられた事は
やっぱり自分はゴミの分別が苦手だなということだ。
昨今の時世を考えると今更ゴミの分別ごときで、と
唖然とされるだろうが、私の生まれ育った故郷での
(もちろん常識の範囲内で)ゴミは全て燃やせるもの
という概念が抜けきっていないのだと思う。
現在私が住んでいる地域では、以前住んでいた地域とは
比較にならないほどゴミの分別は厳しい。
それに加えゴミを捨てる時間帯も厳しく制限されており、
時間外に捨てようものなら不法投棄とみなされ
手が後ろに回る覚悟も辞さない構えで無いと捨てる勇気は
持てない。
そんな最近の事情も然ることながら、私は数年前から
とある疑念が頭の中から離れずにいた。
例えば公共の施設や仕事場、コンビニなどなど
消費者がゴミを捨てるための設備はどこにでも設置されている。
そこにはおそらく「もえるゴミ」、「もえないゴミ」、「カン・ビン」
などと書かれた箱型の投棄設備を目にすることだろう。
「カン・ビン」、「ペットボトル」などの表記は誰が見ても明らか
だし、分別もさほど気にならないのだが、私はここで
「もえるゴミ」、「もえないゴミ」の表記に違和感を覚えた。
燃えるゴミとは一般的に紙製品や小さなゴミを指し、
燃えないゴミとはその他の例えばコンビニの弁当容器などが
それに当たる。
しかし私は「もえないゴミ」と表記されているにも関わらず、
弁当の容器は金属類で出来ているわけでもないし、
火を点ければ確実に燃えるだろといつも不思議に思っていたし
その事について誰も文句も言わず、修正しようともしない。
とは言うものの、実際には燃える燃えないで分けていないこと
くらい承知だし環境問題等を鑑みるとそんな些細なこと
には目を瞑るのが一般的な常識人の取るべき行動ではある。
しかし、こんなにも世の中でゴミの分別が厳しくなると、
私のような、ゴミなんて全部まとめて燃やせばいいと
本気で考えている根っからの怠惰人間にとって
結構な足枷になっている。
半ば強制的に国民に課せられたこの義務は回避する余地も
なく、従わなければならないのが常識ではあるのだが
だからこそ私は、ゴミ箱の表記くらいはきちんとやってくれと
思う。
先日、遠出した際に行った某大手チェーン店の
コンビニ前でこんなゴミ箱を発見。
問題は解決した。


