入院していた訳
入院していた理由や今後は退院後の内容を記載していきます。人によっては聞きたくなかったって思う言葉や内容も含まれていますので、ご注意下さい。戻るボタンはこちらでお願いします。自分の為の記録として書いていきます。写真の下から書いています。現在妊娠6ヶ月に入りました。そしてリスクが2番目に高い一卵性の双子で安定期もないので管理入院になったら産後までは退院もできいと簡単に説明を受けたのが2月の終わり頃でした。その頃、軽い悪阻があり3食後に軽く吐いてましたが買い物とか1人でも行けてました。これまで不妊治療に前向きになれず、父の死から気持ちも落ちていました。夫婦で検査にも行き原因なく、このままではタイムリミットが来てしまうと思い、昨年秋頃から病院何軒か不妊治療の話を聞きに行ったりもしました。今年に入ったら不妊治療しようと決め予約もしました。予約日になっても生理は来ず連絡すると、先生からは『お薬で生理をこさせることもできますので、念の為に診察もします』と言われ病院に行きました。診察して直ぐに胎嚢が見えて『お母さんオメデトウ妊娠してるよ良かったね』と言ってくれました。(色々説明は聞きに行ったけど、検査や排卵チェックしてもらっていたクリニックの先生なので私の気持ちも知っており一緒に喜んでくれました)先生が『アレもう1人いるなぁ、、、双子ちゃんじゃない!!』ただ心拍の確認がその日は1人はできず嬉しさと不安でドキドキが止まりませんでした。この時は一卵性か二卵性なのか小さくて分からず、一卵性の場合1人がダメだと2人ともダメになってしまう場合が多いと説明されました。心の片隅にまたかぁ、、、って気持ちが湧いてしまい旦那さんに報告もできずにいました。流産の可能性があるなら旦那さんには言わずにおこうと思ったからです。翌週、2人の心拍確認ができ、やっと心から喜びが溢れてきました。別室にて一卵性の双子のリスクや2週間に1度の診察をしていく事になると助産師さんからも説明を受けました。母子手帳も2冊受け取り、この日から旦那さんも出張などがあるため、私は実家に少し帰る事になっていました。実家に着いて、お母さんとお茶してると『フト感じたんだけど聞いてイイかな?』何? って軽く返事してました『赤ちゃんいる気がして••• 顔見た時に感じちゃっただけでゴメンね余計なこと言ったね』と言われ私はポカーンとなり鳥肌立ってました。実家に着き直ぐにお仏壇の前でお父さんには報告しましたが、突然のお母さんからの言葉に鳥肌立ちました。私以上に鳥肌立てて喜んで泣いて、お母さんも双子ちゃんには驚いてました。旦那さんには会ってから落ち着いて話しました。双子って事に驚き凄く喜んでくれ母子手帳も見たり悪阻が強くなってきてる事も話しました。3月の2週目に入ると、つわりが酷くなり夜間救急や昼間も点滴をしたり1人寝たきり生活4日目限界がきました。定時時間になり旦那さんに泣きながら『早く帰ってきて、、、お願い』なんて電話してしまった。食べてないのに吐き、水分ですら拒否状態で飢餓状態と診断され簡単に荷物まとめ実家に帰ろうと旦那さんに言われ移動中も吐き続ける辛さに泣けてきました。里帰り出産と決めていたので、NICUのある出産予定病院に実家に着くなり直ぐに連れていかれ、そこで即入院となりました。重度妊娠悪阻の少し手前まできてるので、赤ちゃんもですが母体も危険との説明をされつつ意識もフワフワして気付いたら個室の病室に連れて行かれてました。ここからが地獄の入院生活でした。病院食も運ばれて来るだけで吐き、直ぐ下げてもらい食事は3食無しになりました。点滴のみなのに吐くため胃痛、頭痛、身体中痛く赤ちゃんがいる事も実感できず自分の事で精一杯になり妊娠悪阻ではなく、病気なんじゃないかと思い始めたり義父が亡くなったり、退院間近にお母さんがくも膜下出血で運ばれてきたりで私が今度は毎日病院に行ってます。お母さんの回復力にも驚くほどで、完全では無いもののリハビリ頑張ってます。大変長くなりましたが、ご報告と記録として残します。退院後や今までの事など書いていく事になると思います。不安ばかりでなく悪阻も落ち着いたのでマタニティ生活楽しんでいきたいです。