志村けんサンの東村山音頭がヒットしていた頃、『大阪VS東京』って感じのTVのスペシャル番組が大きな会場から放送された(※NHKホールぐらいの大きさ)

東京側司会はドリフターズで大阪側司会は、かしまし娘だった。

東軍は志村けんさんが『東村山音頭』を唄って盛り上がり
西軍は、ミス花子が『河内のオッサンの唄』を歌った。


『東村山音頭』と『河内のオッサンの唄』は同時にブームだった。



クレヨンしんちゃんブームの頃、しんちゃんのしゃべり方の子供が、多くいたように、その当時の大阪には、『河内のオッサンの唄』のヒットに影響されて『ワレ』と言う子供だらけだったのである。
『河内のオッサンの唄』は川谷拓三主演で映画化もされて大ヒットしたのである!
恐ろしい世の中だ・・・!







ちなみに、ミス花子は女ではなくオッサンだ(※当時は兄ちゃんですが)



このヒットの後、数年後、笑福亭鶴瓶のヤンタン月曜日にゲストに来て、『朝起きたら男の態度が変わってた』と言う歌を歌っていた。

この曲は今でも風呂で歌ってしまう。

あとは『好っきやねん』って曲が有名で
岩間栄次郎が

『大阪には『好っきやねん』って大阪人が好きな物ばかりを羅列して歌っている歌があるって本当ですか?』って聞いてきたので
『いやいや全国販売してるで』と教えました。


志村さんが亡くなり、日本人の顔色が変わり、意識が変わったと思う。

ミス花子・・・
今、どうしてるんやろう?