誰しも何かを強制されることは好きではないと思います。


しかし、自分がその道に対して初心者であるならば


まずは従うことから始めなければ


何をどうしていいかわからないものです。


最初は従っていても、しばらくすると


どんなことでも慣れはでてくるもので


手慣れてくると、自らの力でこなせると過信しがちです。


過信するのはいいのですが、終いには文句まで言う始末。


特にできると勘違いしてる人ほど。そういう傾向があるように思います。


もし、できるようになり自らの足で立ち上がり、できるならば


自らが考え行動することが大事なのだと思います。


出来るようになったと過信しているが、


自らや立ち上がることが出来ないのに従うことが出来ない


これでは何も前には進みません。


逆に足手まといになることもあるでしょう。


自らの立場を理解できず、自らの置かれた環境に不満があるならば


その場から立ち去るのが肝要、さもなくば従うのが筋ではないかと思います。







早起きは三文の徳


本当に、この言葉の意味がわかるようになるのは


実際に早起きをしてみなければわからないものだと思います。


時間という資源は、何よりも大事だという感覚が


自らの中に備わっていれば、尚効果はあると思います。


しかしながら、早起きはなかなか至難の業なのかもしれません。


わかってはいても、もう少しもう少しと二度寝、三度寝をしてしまう。


目は覚ますのに、なかなか布団の中から起き上がることが出来ない


誰しも身に覚えのあることだと思います。


しかし、早起きの徳を知ってしまうと


早起きできないことがとても損をしたような気分になることも事実


日々の習慣も味方につけることが出来れば


誰にでもすぐできることだと思います。


あとはどれだけ時間という資源に対して


何よりも代え難いものであるということを理解できるかどうかが鍵なのかもしれません。

物事の本質を見分けることはとても大事だと思います。


ただ目の前の出来事を見ただけで判断するのではなく


その出来事が起こった原因や背景などを


意識的に思考することで、


都度、起きた出来事に対して一喜一憂することなく


起きた出来事を一つ一つ分析し整理することで


なぜ起きたのか、なぜそうなったのかを辿ることができ


さらに深掘りすることで、小さな兆しを見ただけで


その先に何かが起きるかが大方予測できるようになるのではないかと思います。


予測できるということは、備えることが出来ることであり


備えることが出来れば、大怪我をすることが非常に少なくなるのだと思います。


また、先を読むことができるならば


自らの平常心を保つことにも役立つと思います。


人間は感情で生きているものであり


どんなに気をつけていても、日々心を動かされるものだと思います。


平常心を保つことは、永遠の課題なのかもしれません。