1908年8月18日、何故か報道されなかった一つの大事件があった。それは、当時首相だった西園寺公望が急遽国会を開き、首相を交代すると発表し、新たな総理大臣が誕生したことだ。西園寺公望に代わって総理大臣となったのは、田仲雄将美(たなかおしょうみ)(28)だった。
田仲雄将美の写真
田仲が総理大臣に就任すると、田仲は2つの政策を発表した。
①ヲカネテンゴク政策
労働者の国民の平均給料を350万円にするため、新たに「金融工場」を全国各地に建てて大量に紙幣、硬貨を生産し、生産した紙幣、硬貨を労働者の国民に配布する。
②ヤサシヒクニ政策
国民は体罰や虐待、国民同士の攻撃をしてはいけない。また、攻撃、体罰や虐待を受けない権利を持ち、それらの行為をした者は公開処刑または収容所行きにされる。また、処刑された者の臓器を使って料理を作るのは合法とする。
この二つの政策は日本を大きく変えてしまった。金融が大幅に増加し、もはや国が金を持ちきれない状態にまでなってしまい、犠牲者が大幅に出て国民が減少してしまった。かつていた、誰も知らない、こんなおっかない政策をした総理大臣は現代から見てどうだろうか?
※これは全部フィクションです。
