以前にも記事にしたことがあるかもしれません。
神殿には、丸い鏡があります。その前に立つと自分が映ります。神様にお願いする自分の姿が映るわけですが自分を神だと書いてあるところもあります。我とは自分自信だと言うことから自分が神だと言うことになるのでしょうか。
私の見方は違います。
願いを言う前に、自分を見つめなさい
自分はその願いにふさわしいか?
鬼の形相になっていませんか?
努力してますか?あなたは綺麗にしていますか?自分を見つめていますか?
自分のことばかり考えていませんか?
あなたの姿は、こんなですよ
自分の願いを言う時の顔をよくみてごらんなさい
そうおっしゃっているように思います
自問自答して、自分か本当に叶えてほしいことを言うと自身を写す鏡に自分が言ったことばが跳ね返ります。
ですから恨みは自分に恨みを
自分勝手な願いは自分勝手な願いとして自分に跳ね返ります。
ある社長さんが雪の日にゴルフに出かけました。
帰宅途中で車がスリップし、六地蔵さまに車が当たってしまいました。社長さまは、「お金に糸目はつけないから綺麗にしてあけてください」と言われました。以前は野ざらしだったのですが立派な屋根つきの祠を建てられたのです。会社はその後、急成長を遂げました。自分に5円10円を投げて、その金額であなたは不満も告げず働いてできますか?感謝もされずに腹は立ちませんか?鏡とは我を映す
あなたは神なんだからこれで願いを叶えてよ。そんな態度では自分の姿を見たらわかりますよね
そんな人に良縁を結んであげたら相手がかわいそうです。神様は平等だから同じような相手が良縁になるわけですよね
自分に余裕がある時だけでもお金はだしましょう。旅行などや冬にはコートを着たりしますが、毎日クリーニングにはだしませんね。こんな服を神社仏閣に着て行ったり、彼氏やご夫婦で行かれた方は朝にシャワーなど浴びて清めて参拝しましょう。旅行だけでなく普段もです。
昔、神様を下ろすおばあちゃんに言われたことがあります。冬でウールの服を着て行ったところ「神様が臭い」と言っていると叱られたことがあります。
神様が願いを叶えてくれないのではなく、神様が近寄れないようにしているのは自分かもしれませんよ
みなさんも気をつけましょう
合掌