お彼岸ですね。
暑さも和らいできましたか。
栃木県の那須塩原市には、殺生石という観光スポットがあります。
こちらは、大陸から来た九尾の狐を封じ込めたという伝説のある石です。
こちらが20:22年の2月
(違っているかも、ちがっていたら、ごめんなさい)割れたという話があります。
個人的には、ざっくりいうと4次元界(幽界やアストラル界、思いの世界)
と3次元界(現世界)の境目が薄くなったということ?と解釈しています。
思いの浄化ということが、日々、大切なことになるのでしょうね。
それは、おいておいて、
春先からこちら、ひたすら悲しいという嘆きの感情がどこかから、
やってくるのです。
なぜ悲しいのだろうか?
本当に私が悲しんでいるのだろうか?
誰かを悲しませているのだろうか?
誰かが悲しんでいるのだろうか?
それとも、どこか魂の次元で私が悲しんでいるのに、私は気がついていないのだろうか?
と何度も自問したのですが、わかりませんでした。
怒りの表現、大切だと思っています。
私はほあまり怒りがわいてこなくて、困ったもんだと思います。
「怒りのしたには悲しみがあり、
悲しみのしたには愛があり、慈しみがある」
と、どちらかで読んだ記憶があります。
隠された痛みをスルーしない、痛みから逃げない、ということが、個人的には大切なことなのかな、と感じました。
嘆きに浸るとか、
嘆きに溺れる、ということとは、別のことです。
「あなたが大切です」
「元気でいてください」
「お身体をいたわってくださいね」
「長生きしてくださいね」
本当に伝えたいことは、こういうことだったのにねと。
伝えていくことは、大切なことと思います。
また、怒りがわいてくることを無理に止めることも無いと思います。
怒りのしたにあるものを伝えることを忘れなければ。
和す、ということは、話す、ということかと思います。
話す、は、わすとも読みますね。
私には子供がありませんが、
もしも今、子どもたちが大きくなってから、
また、皆さんの孫の世代が大きくなってから、
どうして止めなかったのと問われることが、無いと良いのにと思います。
製薬会社の若手の社員さんたちが、
「私たちは売りたくない」という本を出版されたそうです。
異例中の異例とも言われる認可の早さに、
厚生労働省の不自然な対応があったそうです。
超法規的なこのおかしな薬。
今、コロナは、分類上、第5類?のはずです。
風邪やインフルエンザと同じです。
必要なのかしら?と問いかけ、話していけたらと思います。
どなたさまも、どうぞお身体を大切に。