自身に権力を取り戻すべく、また夢に見た通りのことを話す陳和卿の言葉を信じて宋との交易や渡宋を現実のものにすべく造船を指示した源実朝。


信頼していた和田義盛を喪った彼が自らの後ろ盾として選んだのは『西のお方(後鳥羽上皇)』で、彼が源仲章と共にやって来た陳和卿を信じるのは夢を言い当てられるまでもなく容易かったことだろう。


誰も見た事のない大きな船を作り、

"鎌倉殿"の威厳を示し、

宋と交易して鎌倉に財をもたらす。

そうやって初めて名実ともに"鎌倉殿"になると考えた彼の夢は、義時の謀略で潰されてしまった。


時房とトウが船の設計図(?)の数字をどこか書き換えたんだろうなぁ。

もちろん史実は分からないし、単純に鎌倉の海には浮かべることが出来ない大きさだったのかも知れない。


船を海に浮かべる日、浜辺で動かなくなった船を見て絶望の色を浮かべる実朝が悲しかった。


そして、そんな実朝に寄り添うことなく去っていく義時の非情さが怖かった。


『いい加減これで分かったか。もう大人しくしておけ』という胸の内が聞こえるようで怖かった。


政子の言う通り、「鎌倉あっての北条」ではなく「北条あっての鎌倉」にしようとしている。


でもそれって、義時にとっては当然のこと。

だって宗時の意志である、『北条を坂東武者の頂点に』が彼の胸の中に残っているのだから。


北条宗時にとって源頼朝は挙兵のための兵寄せパンダでしかなく、また平家に対抗するための理由付けでしかなかった(ように見えた)。


義時は頼朝には忠義を感じていたけど、子息にまでは感じなかった結果がこれ。


頼家は暗殺、実朝は傀儡にしようと睨んでいる。


公暁も帰ってきて波乱の予感。


そして波乱の前に何故か今まで頑なにセクシーだった八田知家が突然の胸元ご開帳で笑ってしまった。

あんなにずっと見えなかったのに。

見えそうで見えなかったのに。


三浦義村はもうなんか面白いからそのままでいて欲しい。


気付いたら上半身がはだけている人でいて欲しい。