ここ沖縄が本土復帰40周年らしい
記念すべき日だとは思うが人の想いは様々である

テレビでは40周年の記念番組などをやってるのだがどうもネガティブな番組が多く見受けられる、沖縄の歴史は決して負の歴史だけではないはずなのだがチャンネルを変える度に「戦争」「基地」「差別」などを題材としたのが目に付く、その方が視聴率が良いのかもしれないが負の歴史を振り返る事が無駄に思えてしまうのである、色々な事があるのによ~

そして次なる話題は8月15日の終戦の日前後に度々放映される「沖縄戦」、悲惨だったのは重々承知である、その悲惨な沖縄戦体験者の中には語り手として頑張ってらっしゃる方達がいる、年月が経ちその語り手達は少なくなってるのが実情である、その語り手を引き継ぐなどという人達が出て来てるのだ

経験者だからこそ「語る」資格があるのだ、それを戦争のせの字も知らない子供達が語るとは全く持ってナンセンスである、経験者ではない時点で語り手から「語り部」へと変わってしまうのである、いわゆるプロになる、プロという点においては経験者の語り手もプロになってしまった人もいるがプロになっては絶対にダメである

素人を指名してプロが来ても意味がない、プロのテクニックは求めてなくぎこちなさなどからリアルが出てくるのである、決して「語り部」になってはならない、その理由で退屈だと感じる人達がいるという事である。

それとしつこいが「戦争」を語るというのは止めろ、「戦争の悲惨な部分」という点で語れよ、「悲惨」だけを知るだけでは「戦争」は語れない!!


幽霊のお話しでも

私の現在のスタンスは「いない」と思っております、なぜ「いない」と思うのかともうしますと「見た事ない」からであってそれ以上でもそれ以下でもございません

本当は「いる」と思ってるのですが性格上「見た事ないのを信じる」というのが許せないのです、なので「いる」と思う為には「見る」というのが絶対に必要なのです

そして条件として複数で見るというのがあります、これは「見た事ある」という人は立証出来ないからです、目の錯覚、思い込みによる幻覚など色々な要素があるからです

薬物を使用すると誰でも「見える」という状態になります、それと一緒では当然ダメなのです

物理空間に「いる」というのを認識したいのです、錯覚ではダメなのです

恐らく居ないでしょう、もし見えた時には写真も撮りますし紛れもない真実の心霊写真を公表する事が出来ると思います。

最後に私の「いる」とは物理空間での事です、貴方が「見た」から「いる」ではないのです。

8月30日(旧暦7月13日)
沖縄の「お盆」がスタートする
一般的に3日間(一部4日間)県内各地各家庭で行われる大切な年中行事の一つである

一般的な「お盆」は太陽暦の8月15日にあたる、場所によっては7月15日の所もあるらしい、ちなみに太陽暦とは現在使われてる暦のことである

本来は旧暦により行事は行われていた
、いつの頃か日付自体は変わらず新暦にそれを当てはめて行事になる

ちなみに旧暦の7月15日は道教の年中行事の「中元」にあたる、ピンときたと思うがいわゆる「お中元」である

日本における古くからの行事は旧暦に準じ「残暑」や「立春」などの二十四節気は本来旧暦に準じる、新暦で当てはめるから「秋分」になってもまだ暑いとかおかしくなるのだ、旧暦に当てはめれば合点がいくはずだ

かなり話しが逸れたw、今日からお盆が始まるのだが「ウンケー」「中日」そして7月15日の「ウークイ」になる
、お迎え、中日、送りになるのだが「中日」⇦ドラゴンズではないwが方言で何というか不明である

そして各地で行われる「盆踊り」にあたるのが「エイサー」である、遡れば「念仏踊り」なのだが現在では沖縄を象徴する踊りの一つになっている

などとお盆を紹介するコーナーでは無くて、お盆の時期に海へ行くなという伝えが面白い、これは沖縄だけに限らず各都道府県でも言われてたりする、
沖縄では海の向こうからお盆の時期に帰ってくるとされる事からこの時期に海へ入る事を禁じられるのである

小さい頃は「幽霊に脚を引っ張られてあの世へ連れてかれるよー」などと言われたもんである、勿論大人になった今でも信じる人はいまいww

しかし実際にこの時期の水難事故は起きるのである、それは勿論オカルトではなく「離岸流」や「コーラルフロー」による仕業である、沖縄では広い海岸が少ない為後者のコーラルフローなどで溺れるケースが多々ある、よって幽霊に脚を引っ張られるからダメだと注意するのではなく、リーフとリーフの間では遊ぶなとかの注意が必要なのである、ただの脅しでは大人になった時点では通用しない


かなり長い文になったが何を書きたかったのか忘れた、とりあえずUP


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