東北地方太平洋沖地震。
亡くなられた方、被災した方、そのご家族や関係者のことを考えると、どんな言葉で表現したらいいかわかりません。
ニュースなどでは連日胸を締め付けられるような映像が流れており、ブログなんて書く気がまったく起きませんでした。なんと書けばいいのかわかりませんでした。 いいえ、今もわかりません。そんな中書くブログですのでご容赦ください。
自分は千葉県北西部在住なので震度6弱でした。
偶然仕事は休みでガレージでとある作業をしておりました。
最初はフラフラ~っと「あれ?地震だ~」くらいでしたが、ちょっと長いな~と思いガレージの外にでました。
外で様子を見てるうちに揺れはだんだんと大きくなり「こ、これはヤバイ!」と立ってるのもおぼつかない状態。
外にとめてあるムラーノに摑まるもサイドブレーキを引いてないムラーノは揺れる揺れる。
建物の中ではないので「大丈夫、倒れてくるものもないし最悪家が倒壊したって下敷きにもならない!」と自分を冷静に保つので精一杯でした。そこからもう1段階揺れが強くなりました。地面と一緒に電柱がうねり電線が切れるんじゃないかと思うほど揺れています。ガラガラと音を立てて隣の家のカワラが落ちてきます。さすがにもうダメかと思いました。
揺れが収まりガレージに戻ってみるとバイクが2台とも倒れていました。駐輪スペースを小さくするためスタンドの下に木をかませて少し立たせていたのが仇となったようです。CB400Tの上にCB750Fが倒れた状態。さらにシートも被ったままだったのでなかなか起こせません・・・ 色々な物が落ちたり倒れたりしてましたがサニーは無傷でした。 すぐにラジオをつけたのですがパーソナリティさんも動揺し声も震えてました。無理もないです。
地震の後は結構冷静で次にすべきことを考えました。すぐに余震に備えなきゃ!と思い現状危ないものを対策します。まずカワラの落下を見てびびった自分はヘルメットを被りました。倒れたアングル材をタイラップで固定したり、溶接機のボンベも倒れかけていたので縛り付けたりしました。冷静に努めていたけど手が震えてなかなか縛れなかったですが・・・
家の中に戻ると玄関にある熱帯魚の水槽の水がこぼれまくりビショビショ、水槽も落下する寸前でした。
水槽を戻し、リビングの落下しそうなものを下ろし、各部屋を見回り・・・ すべての物が移動したり落下したりしてましたが損害はそれほどありませんでした。
地震当日は阪神淡路ほどの被害はでてないんじゃないか?なんて勝手に予想してましたがとんでもなかったですね。 まさか日本がこんなことになってしまうだなんて・・・
余震、放射能、停電、節電、電車の運休、ガソリン不足、渋滞などなど・・・
職場では節電のためなるべく照明は消され営業時間も短くなり当面は残業も禁止。
こんな状態ですが頑張らなきゃいけませんね。
計画停電が発表された次の日、ホームセンターに電池を買いにいきました。
開店前から長蛇の列ができてました。ここ被災地じゃないよな・・・?
開店後の電池売り場は悲惨でした。中国の新聞には避難所でちゃんと並んでる日本人を見て感動したとあったようですが・・・ この電池売り場はそうではありませんでした。押し合いへし合い、飛び交う怒号、悲鳴。将棋倒しのように店員を含む5~6人が倒れてしまいました。 「人が倒れています!場所を少し開けてください!」といっても誰も聞く耳もたず・・・倒れた人を起こしてあげて電池売り場を離れました。これから日本は助け合って頑張らなくちゃいけないのにとても残念でした。電池売り場を離れる際に足元に電池が1パック落ちていたのでそれを拾って1つ買えました。落ちているのも気が付かないほどみんな必至だったんですね・・・
自分が今できること、なんて考えてもたいしたことはできません。
でもわずかですが募金させていただき、節電をし、日々の生活を送る事。
働き、給料を貰い、遊び、お金を使い、また働く。
地震直後は今遊ぶのは不謹慎だなんて思ったりもしましたが、いやいやそろそろいいでしょう。
電気だけはまだ節約しなければいけないしガソリンもなかなか買えず不便ですが気を落とす事なくガンガンいきましょう! 被災していない人たちが経済を流通させなければ復興もなにもあったもんじゃありません!
世界中が日本を応援してくれている報道を見ていつも涙が出そうになります。
がんばれニッポン!
がんばろうニッポン!






