こんにちは、オスカルです。
先日帰国したボランティア参加者の体験記をご覧ください。
アメリカの大学に通うリマさん。
ペルーのボランティアで素晴らしい体験が出来たようです。
--------------------------------------------------
今回Volunteering in Peru という団体に出会え、初南米であり不安だった私の背中を押してくれただけでなく、2週間という短い間の中でもプロジェクトを通した素晴らしい経験とかけがのない出会いが数多く出来たこと、本当に感謝します。
私が携わった2週間のプロジェクトは、ペルー、クスコという街で生活を送る子供達が通う学校で生活を共にする、という事でした。精神面、身体上に障害を持つ子供でも通うことの出来る学校、”Don Jose de San Martin”では、年齢、または障害の種類によってクラスがさまざまでした。
その中でも私は、スペイン語が乏しかったので、聴覚障害を抱えた子供たちのいる教室に招かれ、スペイン語+主に手話を使ってコミュニケーションを取っているクラスでボランティアさせてもらう事になりました。初めは教室の外でおどおどしていた私でしたが、子供たちがクラスの窓から「ここの教室に来て!」と手話で合図してくれているのが分かり、そして子供達が向けてくれる眩しい笑顔に、心の緊張もあっという間に解けてしまいました。日本、アメリカでも何度か幼稚園や、養護学校でボランティアをさせて貰う機会が多くあったので、子供達とは直ぐに打ち解けることが出来ました。何処の国に住んでいようと、環境が違っていようと、そして、障害を持っていようと、子供達は子供たちであり、その無邪気な笑顔は世界共通なのだな、と改めて感じました。
しかしながら、クスコの生活水準は日本やアメリカと比べあまり高くないため、教室の机、椅子、文房具、それは教室内にある全ての物から感じ取ることが出来きました。年齢層の幅は広く3-10歳ほどですが、先生2人に対し子供達を年齢で大まかに半分に分けて授業が行われていました。この学校の良い所は、毎日のようにさまざまなイベントが行われ、子供達は常に何か楽しみをもって生活が出来るところです。私がクスコに滞在していた月は、インティアイミというクスコで大きなお祭りがあるため、子供達がグラウンドでマーチングの練習をしたり、伝統的な踊りのビデオを見て踊りを練習したりと国の歴史や文化を学びながら暮らす事ができ、とても良い機会を設けてあるなと感じました。
2週目には、Plaza de Armasというダウンタウン、町の中心街へ子供達みんなで行き、現地で有名なフルーツや食べ物を買い、学校へ持ち帰り先生が説明しながら食べるという楽しいピクニックの様な行事もありました。クラスで最年長の男の子(フランチェスコ)が年下の男の子(ロドゥリゴ)を先生の代わりとなってお世話している様子はとても愛らしく、日本の学校(クラス内)ではあまり目にする事の出来ない光景でした。又、先生方には日本の文化を伝える機会を頂き、折り紙で犬、ネコ、金魚、兜、風船、鶴など、日本語、スペイン語、手話を交えて子供達と一緒に作り上げました。1回折るのも一苦労な子達もいました。けれど、出来上がった後に喜んで教室を飛び回り、私の側へ来て「見て見てー!」と嬉しそうに肩を叩いて呼んでくれたり、たった折り紙一枚でも1人の子を笑顔にできるという事が私自身とても嬉しかったです。
他にも、細長い風船で動物やお花を作ってプレゼントしてあげることで、アクティビティを通して子供達と触れ合うことができました。しかし、楽しいばかりの毎日の中にも、悲しい現実も突きつけられました。1つは、前にも述べたように、十分な授業教材が整っていないということ。2つ目に、毎日の給食です。日本の小学校では、必ず、栄養の十分とれる食事が出てきます。アメリカもお弁当など、品数も多く、好きな物が食べられます。けれど、San Martinでは、毎日主食といえる食事を用意することが出来ず、私が通った2週間の中には、ゼリーや、寄付された様なたくさんお菓子の入った袋を昼食として摂る日がありました。
正直なところ、これでは食べ盛りの子供達には、十分な栄養を取り入れる事が出来るとは言えませんでした。日本の学校で目にする様な、凄まじい量の残飯を毎日無駄にしている国々、一方で栄養の偏った食事しか提供できない国が存在する現状を目の当たりにし、とても胸が苦しかったです。