ペルーで独立した教育起業家の奮闘記

ペルーで独立した教育起業家の奮闘記

20才で出会ったペルーと日本の若者をつなぐ日々。
ペルーでボランティア・インターンシップのコーディネーターをしています。持病はうつ・喘息。うつに苦しむ人の希望になりたい。

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このプロジェクトを通し、辛い現状を目の当たりにした一方、その中でも純粋に生きている子供達のたくさんの笑顔を見ることができたこと、とても良かったです。自分に何か出来ることはないか、と考えさせられる事は多々ありました。しかし、その度に、答えが見つからず途方に暮れてしまう自分がいました。だからこそ、今回の2週間の経験を多くの人に知ってもらい、クスコや発展途上で貧しい生活を送る国々や地域の現状を理解してもらえるように努めたいです。



 



 <クスコでの生活編>



私が思う旅の最大の利点は、世界各国の素敵な人々に出会うことが出来ることだと思います。クスコにはさまざまなアクティビティが存在するため、プロジェクトの合間をぬってボランティアを通して知り合った仲間達と参加する事が出来ました。左の写真は、ラフティングに参加した時のものです。他にも、週末の時間を利用して、ジップライニング、シティツアー、聖なる谷ツアー、そして世界遺産であるマチュピチュへも足を踏み入れることが出来るツアーなどに参加しました。参加するツアーの中で、アルゼンチン、インド、イギリス、スイス、オランダ・・・と世界各国の人達と知り合うことができ、クスコでの日々はとても充実したものとなりました。また、夜になればサルサやレゲトンを踊りに街へ行く事が多くあり、クスコに住む地元の人達の生活習慣も知ることができました。音楽や、踊りというものが街そのものを作り出していると言っても過言ではないほど、小さい頃から踊りの練習をするという光景が町中で見られました。このようなものが暮らしの中で身についていく習慣は、本当に素晴らしいものだなと感じました。



 



San Martinのような学校で生活をしてくる子供達の笑顔を絶やさないようにするためにも、このような素敵な国に1人でも多くの人が足を運び、観光として訪れることが現地の経済の活性化と生活の支援に繋がると、私は思います。


こんにちは、オスカルです。

先日帰国したボランティア参加者の体験記をご覧ください。
アメリカの大学に通うリマさん。

ペルーのボランティアで素晴らしい体験が出来たようです。

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今回
Volunteering in Peru という団体に出会え、初南米であり不安だった私の背中を押してくれただけでなく、2週間という短い間の中でもプロジェクトを通した素晴らしい経験とかけがのない出会いが数多く出来たこと、本当に感謝します。



 



              私が携わった2週間のプロジェクトは、ペルー、クスコという街で生活を送る子供達が通う学校で生活を共にする、という事でした。精神面、身体上に障害を持つ子供でも通うことの出来る学校、”Don Jose de San Martin”では、年齢、または障害の種類によってクラスがさまざまでした。

その中でも私は、スペイン語が乏しかったので、聴覚障害を抱えた子供たちのいる教室に招かれ、スペイン語+主に手話を使ってコミュニケーションを取っているクラスでボランティアさせてもらう事になりました。初めは教室の外でおどおどしていた私でしたが、子供たちがクラスの窓から「ここの教室に来て!」と手話で合図してくれているのが分かり、そして子供達が向けてくれる眩しい笑顔に、心の緊張もあっという間に解けてしまいました。日本、アメリカでも何度か幼稚園や、養護学校でボランティアをさせて貰う機会が多くあったので、子供達とは直ぐに打ち解けることが出来ました。何処の国に住んでいようと、環境が違っていようと、そして、障害を持っていようと、子供達は子供たちであり、その無邪気な笑顔は世界共通なのだな、と改めて感じました。



しかしながら、クスコの生活水準は日本やアメリカと比べあまり高くないため、教室の机、椅子、文房具、それは教室内にある全ての物から感じ取ることが出来きました。年齢層の幅は広く3-10歳ほどですが、先生2人に対し子供達を年齢で大まかに半分に分けて授業が行われていました。この学校の良い所は、毎日のようにさまざまなイベントが行われ、子供達は常に何か楽しみをもって生活が出来るところです。私がクスコに滞在していた月は、インティアイミというクスコで大きなお祭りがあるため、子供達がグラウンドでマーチングの練習をしたり、伝統的な踊りのビデオを見て踊りを練習したりと国の歴史や文化を学びながら暮らす事ができ、とても良い機会を設けてあるなと感じました。

2
週目には、Plaza de Armasというダウンタウン、町の中心街へ子供達みんなで行き、現地で有名なフルーツや食べ物を買い、学校へ持ち帰り先生が説明しながら食べるという楽しいピクニックの様な行事もありました。クラスで最年長の男の子(フランチェスコ)が年下の男の子(ロドゥリゴ)を先生の代わりとなってお世話している様子はとても愛らしく、日本の学校(クラス内)ではあまり目にする事の出来ない光景でした。又、先生方には日本の文化を伝える機会を頂き、折り紙で犬、ネコ、金魚、兜、風船、鶴など、日本語、スペイン語、手話を交えて子供達と一緒に作り上げました。1回折るのも一苦労な子達もいました。けれど、出来上がった後に喜んで教室を飛び回り、私の側へ来て「見て見てー!」と嬉しそうに肩を叩いて呼んでくれたり、たった折り紙一枚でも1人の子を笑顔にできるという事が私自身とても嬉しかったです。

他にも、細長い風船で動物やお花を作ってプレゼントしてあげることで、アクティビティを通して子供達と触れ合うことができました。しかし、楽しいばかりの毎日の中にも、悲しい現実も突きつけられました。1つは、前にも述べたように、十分な授業教材が整っていないということ。
2つ目に、毎日の給食です。日本の小学校では、必ず、栄養の十分とれる食事が出てきます。アメリカもお弁当など、品数も多く、好きな物が食べられます。けれど、San Martinでは、毎日主食といえる食事を用意することが出来ず、私が通った2週間の中には、ゼリーや、寄付された様なたくさんお菓子の入った袋を昼食として摂る日がありました。

正直なところ、これでは食べ盛りの子供達には、十分な栄養を取り入れる事が出来るとは言えませんでした。日本の学校で目にする様な、凄まじい量の残飯を毎日無駄にしている国々、一方で栄養の偏った食事しか提供できない国が存在する現状を目の当たりにし、とても胸が苦しかったです。




こんばんは。


昔書いたブログの中で、

今の自分にも当てはまる大事なことを

見つけたのでもう一度書き直してみます★

タイトルは「言語を学ぶ意義とは?」

大学教授の話をもとにしていますので、

ちょっと複雑ですが、言語を学ぶ上では大切なことなので

読んでみてください★


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最近いろんなことを一気に学んでいる気がします。 


脳の中にインプットし蓄積される情報をYとすると、 

自分のやる気(係数)はA、入ってくる情報はXで、 

Y=AXになっている。 

自分の中のAが大きすぎて今はどんな授業を聞いても忘れない。 

いい話を聞いたら忘れない、そんなマリオがスターをとったとき 

のような状況になっています。(引用『バカの壁』より) 

この本をまた読み返してみてものすごい感銘をうけた部分が 

あります。 

「知るということはがんの告知」だという。 

「つまりガンになって治療法がなくて、あと半年の命だとする。 

そうしたらあそこに咲いている桜の花が違って見えるだろう。 

去年までじぶんがその桜をどう見ていたか思い出せない。 

桜が変わったのではない。自分が変わったのだ。」 

だから知るってことは、 

自分がガラッと変わってしまうことだってさ。 

世界がまったく変わってしまう。 




私たちは毎日情報は変わり続け、自分自身は変わらないと 

おもって生きている。毎日新しいニュースが入り、 

昨日の自分と明日の自分は同じ。 

けどそれは逆で、情報は変わるわけでなくて常に同じ情報を 

持ち続けてる。人は常に変わり続けている。 


なんかこの内容を2年前に読んだとき何も感じなかった 

気がする。けど今読んだらかなり感動してしまった。 

つまり書いてある情報は同じなのに、見ている自分自身は大きく 

変わったんだなってかなり実感できたの。 

だから最近勉強していてとても楽しい。 

教授が言ったことをに大して、興味を持ってみて、 

それをインプットできたならば、それがまた新しい自分を 

知ることになる。 

さらに新しい視野を持つことになる。ふむふむ。。 

『男子三日会わざればかつ目して待つべし』 

っていうこともそんなことだなぁって思ったの。。 

だから勉強ってたのしいのかなって。。 





中国語のF先生の言葉の引用。 

「なぜ言語を勉強するのか?」 

というと、たとえば中国語はその社会の構造や状況、差別や風習 

などさまざまな影響を受けた上で形成されている。 

言葉を学ぶということは、その自分の持っている母国の文化から 

脱して、新しい文化の中に 

自分の存在を創ることができるということ。 

つまりその言語を話しているときは、その言語用の自分に 

なれるということ。 

もちろん、かなり習得する必要はあるし、自分が変わりすぎても 

だめだけど、その言語を経由して、また日本語(母国語) 

におけるじぶんという存在を見つめなおすことができる。 

つまり本当に自分が求めていることや、大事な人、大切に 

しなければならないことが見えてくるんじゃないかな?  

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アウンサンスーチーさんを

描いたThe Lady ~引き裂かれた愛~を見てきました。

泣きました。

本当にいい映画だった。


けど一点不思議な点が。

こんなにいい映画なのに、なんで

ほとんどの映画館でやってないんだろうか。。

関西で3つの映画館だけ。

しかも、公開初日にもかかわらず、

空席ばっかり。

会場は全て50歳以上のおじさんおばさんだけだった。


海猿の方がいいの!?

日本人の政治関係の映画への

興味のうすさに驚嘆しました。



一度見に行ってみてください。

お薦め。

http://www.youtube.com/watch?v=ST_gsOvDVe4 

こんにちは、オスカルです。

先日、ペルーボランティアワークキャンプに参加していた学生が

無事プログラムを終了し、帰国しました。

帰国と言っても、帰国先はアメリカです。

彼女は大学からアメリカを選択し、

右も左もわからない土地でがんばってきていました。


そんな彼女がペルーボランティア協会の

ワークキャンプに参加することに。


私たちのミッションは、

いくつかありますが、

そのうちのひとつに、

「ペルーと言う新しい価値観を発見してもらうこと」

があります。

つまりは視野を広げてもらうことです。

特に日本人は学生であれば、

小さな大学の世界で暮らし、

なかなか世界は見えてきません。

社会人であれば日々の忙しさに忙殺され、

なかなか自分の殻を破れません。

そのような日本人に感激するほどの新しい価値観を

知ってもらい、その後の人生の糧としてもらうことを

目標としています。

つまりは、日本地図しかもっていなかった人が、

急に世界地図を持ち出し、まったく行き先が変わってしまうような

イメージですね。





ただし、今回の参加者の彼女はアメリカ生活も2-3年ですし、

ラテンアメリカのことは日本の大学生に比べるとよく知っているし、

ペルーに行ってそれほどサプライズはないかな?

と思っていました。


しかし、彼女からの報告書を読むと。

「短い間の中でもプロジェクトを通した素晴らしい経験
とかけがのない出会いが数多くありました」


自分に何か出来ることはないか、と考えさせられる事は
多々ありました。


子供達の笑顔を絶やさないようにするためにも、
このような素敵な国に
1人でも多くの人が足を運び、
観光として訪れることが現地の経済の
活性化と生活の支援に繋がると、私は思います。」


など、本当にいい経験ができたことが伝わってくる、

イキイキとした文章が書かれていました。


彼女のようにすばらしい体験ができるよう、

今後もプログラムの充実を図ると共に、

多くの人にペルーを知ってもらえるように努力

していきたいと思います。


彼女の報告書はまた次回以降載せて行きます。


本日は長文を読んでいただき、

ありがとうございました。