香港の統制強化に反対する中国大使館前抗議 | 徹通塾・芝田晴彦のブログ

徹通塾・芝田晴彦のブログ

民族自決 戦後体制打破
基地問題を考える愛国者連絡会 / 自由アジア連帯東京会議

歴史的に見れば香港は始皇帝の秦朝より中国の一部であり、そのことに異を唱えるつもりは無い。アヘン戦争も南京条約も当時の清にとっては理不尽な話であり、現在に至る香港問題の全ての元凶は英国の植民地政策にある。

然し、長きに渡り法的にも、社会的にも、文化的にも中国本土と切り離された植民地の歴史は「私達は中国人では無く香港人」というアイデンティティーを作り上げるのには必要十分な時間だった。

大戦後、中国本土は上党戦役を発端とした国共内戦(第二次国共内戦)の末、中華人民共和国の成立に至る一方、英国による植民地政府の自由放任主義~積極的不介入政策の結果、香港は世界で最も自由な経済環境を今日まで維持することになった。

「文革」「天安門」を経て今なお一党独裁の続く中国本土と較べれば、限定的ではあるが遥かに民主的で自由な香港の人達が「中国人」であることよりも「香港人」であることを願うのは必然だ。

そして香港。英領時代のことは度々語られる一方で大戦中はわが国が占領統治していたという事実は忘れ去られた感がある。

香港では今も『三年零八個月』と呼ばれる日本統治期間は英国のそれより苛烈で、特に軍票を乱発行したことが原因となって生じた壊滅的なインフレは多くの香港人を疲弊させ餓死者も続出、日本兵による暴力事件も多発し、抗日運動は絶えることが無かった。また、中国本土の戦禍から逃れて来た多くの中国人を日本軍は香港から追い出した。私達が日本人として香港問題を考える時、少なくともこの様な過去があったことは忘れてはならない。

1997年の「香港の返還期限」、更なる租借期限の延長を望んだ英サッチャーに対し鄧小平は「港人治港(香港人による香港統治)」を掲げ突っぱねた。これも歴史的経緯を考えれば当然だ。

ならば少なくとも返還時に約束された「港人治港」は守られなければならない。北京による香港統治は論外だ。当時の列強諸国や中国本土の情勢、東西冷戦の影響に翻弄されつつも独自のアイデンティティーを持ち続け、自治と民主化を希求する香港人を応援することこそ、かつて軍政下で彼等を苦しめた日本人としての贖罪と考える。再び香港が独裁政権に支配されるようなことを許してはならない。

残念ながら先頃、全国人民代表大会において香港の治安維持のため中国が直接、法律の制定に乗り出す方針を打ち出した。「港人治港」そして「一国二制度」「香港の高度な自治」「50年間は従来の資本主義体制を変えない」の『四大原則』は骨抜きにされ、民主香港は風前の灯である。



昨日24日、中国大使館前で香港統制の強化に対する抗議を行う。








新型コロナ蔓延に伴う緊急事態宣言発令中で、ソーシャルディスタンスを確保するため呼び掛けは行わず、一人で抗議に向かった。




用意した抗議文。