半父子家庭 | 徹通塾・芝田晴彦のブログ

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民族自決 戦後体制打破
基地問題を考える愛国者連絡会 / 自由アジア連帯東京会議

最初の妻との間に長男が生まれたが、結婚10年めに別居、その後保育園に通う頃に離婚。

モトヅマには新たに彼氏が出来たので
「それではある程度私が子育てした方がいいだろう」
という事で、週の大半を息子と2人で過ごすようになった。

問題は仕事。
その時の勤務先は時差のある海外とのやりとり等もあって帰宅は深夜が常。これでは保育園に引き取りに行く時間に到底間に合わない。ベビーシッターを雇うか考えたが、子供と過ごす時間は今しか無いと思い転職した。

単車が好きだったのでバイク便のライダーを始めた。これなら保育園の送り迎えに十分間に合う。仕事も楽しい。
「麹町から成田まで30分で行ってくれ!」
「板橋から相模原まで30分!」
なんていうものだが、速く走って喜ばれるのだから性に合っていた。但し問題は収入。それまでの1/3に激減した。当時は蓄えもなかった。

因みに私が夜に外で飲むことは、このあたりを境にほとんど皆無になった。



離婚する以前。『公園デビュー』以降、近所や、その後同じ保育園にお世話になるお母さん達とは既に顔見知りになっていた。で、しばらくすると時折知人達同士の『お泊り会』があった。子供達数名がお互いの家に泊まるというもの。私も月に二回くらい預かった。もちろんそんな夜は無礼講の大賑わいで、これが中々楽しい。その他、特に仲良くしていた、副業でデリヘルをしているお母さんの子を、彼女に仕事が入った時は泊めていた。

私自身も収入源を補うため、同様の副業を不規則にしていた。そういう時は『お泊り会』の日程に合わせたり、デリヘルの彼女に息子の面倒を見てもらった。AVの男優とかをやっていたのもこの頃。子育ての上での経済的な問題はその気さえあればなんとかなるものだ。

肝心の家事。どうしても体調が悪かったり、疲れている時は食事を用意するのもおっくうになる。そんな時は
「ごめん、今日は出前でいい?」
と息子に問う。大概は
「お父さん疲れてんだからいいよ」
の返事。こちらの方もなんとかなるものだ。

しかし、時折モトヅマからもクレーム。
「教育上問題だから、部屋に連れ込む女性は一人だけにしてくれ」
「ポケモンを一緒に遊んでくれるのはいいんだけど、0時過ぎるのはナシだろう?」



小学4年生に上がる年、モトヅマが再婚。
「キチンと『両親』揃っている方で(息子は)暮らした方がいいだろう」
と諭され、息子は私の元から離れた。

それからしばらく。高校生になった息子はボクシングを始めた。モトヅマによれば、ダンナはDV常習者らしい。
「何かあったらお母さんを守るため」
が、その動機と聞いた。

息子にとって何がベストだったのかは未だに私にはわからない。後からならなんとでも言うことが出来る。

ただ、息子には『力なき正義は無能だ』という意味の事を機会ある毎に話していたので、それをどこかで覚えていたのだとしたらば嬉しい。

記事のタイトル『半父子家庭』。夫婦が別れた後も子供に対する絆は切れず、どちらかに任せきりにしてはいけないと思い、あえて『半』をアタマに足した。

それから程無く、モトヅマがダンナと別れたのを機に、時折合う息子の表情は再び明るくなった。そんな彼は今年、大学を卒業して社会人生活を送っている。(晴)


(H13.12.29 息子と)



(2014.08.01『cafe oscar』より転載)
http://www.geocities.jp/oscarexpress/201402.html#0801