あっという間だった。


診察台から弾けるように飛び出した膿は、僕の足下近く床一面に広がった。

コップ一杯ではきかない量。


2.7㎏の体重に、何故こんなにも膿が溜まったのだろう…。

人間だったらバケツ一杯分くらいの量ではないだろうか。



僕の腕に抱かれた娘は、固唾を飲み見守っている。



老猫に入るローズに全身麻酔はリスクが高い。

局部麻酔をしようとした矢先、膨らみ過ぎた膿が皮膚を破ったのだ。



全身麻酔のリスクもそうだが、痛みのショックは大丈夫なのか?



残りの膿を絞り出す前に、獣医さんに言われました。



「かなり壮絶なので、待ち合い室で待たれていてもいいですよ。お子さんもいらっしゃいますし」



素直に診察室を娘と二人出ました。



…しかし、これでいいのだろうか…と。



娘は物心ついた時から、どうしようもなくローズが好きだ。

犬二匹、猫二匹いたが(セラ昨年末旅立ち)、ローズを1番溺愛している。

子供嫌いだし、家族以外には時として爪でひっかいたり、噛んだりするローズ。

そのローズは何故か娘には甘い。

一歳くらいから、逆さまに抱っこしたり、

可愛さあまり押し潰した感じでジャレても決して怒らない。



何度も「ローズ嫌がってるからやめな!」と言っても、

目を離すと可愛がってる(結果的にはいたぶってる)



ローズも「ニャー」と「ちょっと嫌だなぁ~」という感じで鳴くが逃げない。

迷惑そうな感じだが、逃げずにされるがままだ。

長年見てきたローズとは明らかに違う。



ローズなりに妹だから…と目をつぶり子守りしてくれてるようにしか見えない。



それは昨年旅立ったセラと同じだ。



ローズもセラも、ココット・小麦と比べて知能が低い。

全く学習能力がない。

馬鹿で馬鹿で呆れるし本当に手がかかる。それがまた可愛らしいから困ったものです。



小麦は賢い。娘には近づかないし、近くに寄られればすぐ逃げる。

そんなローズと娘の関係は、前世で何かしら縁があったのでは?と、思わずにいられない。



いつも置物のようにジッーとしているローズが、

生きる為に戦う姿を僕も娘も見守るべきではないか?



そして娘には知っていて欲しかった。

生き物を飼うという事は、こういう事だという事を。



生きるとはどういう事か、知っていた方がいいかもしれない。



ローズはローズであり、たとえ亡くなってもローズの代わりはいない。

これから先、ローズが旅立っても、新しい猫を迎えればいいと言う話しではない。

ローズは玩具ではない。



3歳の娘には、壮絶な場面を見て、もしかしたらトラウマになるかもしれない。



数分考えた末、娘に聞いた。



「ローズ、凄く痛がっていて見ると怖いと思うよ。

それでもローズのところ行きたい?それともここで本読んでる?どっちがいい?」


最後は娘自身の判断に任せた。


娘は人一倍怖がりだ。ディズニー映画さえ「ひぃ~怖いぃ~!」と泣く事がある。

娘は二言返事で「行く」と静かに答えた。



残りの膿を出す為、先生は痩せ細ったローズの脇腹をギューギュー搾る。

獣医さんは集中して、寡黙に治療をする。


「ギャー!ギャー!」と叫ぶローズ。目をカッと開け叫び続ける。

「ゴメンね!ゴメンね!」と押さえつける助手さん。ローズと助手さんの声が診察室に響く。



約2週間くらいまともに食べられなかったローズが、膿が出た途端取り戻すかのような食欲だ。


娘にあの光景を見せた事が正しかったのか否か分かりません。

しかし、もう見せてしまった事なので、

間違っていなかったと思うようにしています。


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