<セルフホモ疑惑>
ムラタにはサチという彼女がいることが判明したことで、僕とムラタのホモ疑惑について少なくとも周囲の目を恐れることはなくなった。しかし、いざそれがすっかりと取り払われてみると、自分の中にある自分への疑惑、つまりセルフ疑惑、そちらがくっきり鮮明になってきた。あの日、ムラタとサチが仲良く歩いているのを見て僕は軽い嫉妬を覚えた。でもその嫉妬のホコ先がサチに対してであるようにしか思えず、我ながら焦ってしまったのである。僕のムラタを奪いやがって…って気持ち…ヤバくね?
この高校に入学してすぐにムラタと出会い、大した言葉も交わさないうちに「友情」ってものを実感した。まさにこれこそが友情、という実感だ。小中学生のころにだってクラスの男の子たちと遊んだり、野球をしたり、ばか話をしたりしてきた。そこにいた奴らのことを友だちだと思っていたのだが、この出会いは明らかに別ものであった。
子どものころは、ひとりでいるのは寂しいという理由を付けて、群れの中に入って行ったようなものだった。でもムラタと過ごす時間って、それらとはぜんぜん違うのだ。
彼といると、これまでに経験したことのないくらいに楽しくて、ワクワクして、いつだって会いたいと思ってしまう。だから「これこそが本当の友情」と信じていたのだが、ひょっとするといわゆる「異性を好きになる」ってのと同じなのでは?という疑惑が自分の中にこびりついてしまったのだ。つまりこれがセルフホモ疑惑。
LGBTとかボーイズラブなどという言葉は使われていなかった遥か昔、多様性なんて概念を持ちあわせていなかった自分、それでもやっぱり何とかしようって考えてみた。で、すぐに閃いたのだ。何のことはない、僕も彼女を作ればいいのだ。作らないにしても、誰か女の子を好きになればいいのだ。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。だがしかし、「それはね、お前が女の人を好きになるってことを考えようともしなかったからだ」って内なる声で、またもや疑惑が僕の体内で色濃くなってしまったのだ。
<あれが初恋だったのかな>
そんなとき、放課後の部活は良い気分転換になる。秋の学祭が終わり、この後には高文連という文科系クラブの大会みたいなものがある。近隣高校の吹奏楽部が集まって演奏のレベルを競うわけなのだが、我々もそれに向けての練習が始まった。ただ、我が部は人数が少ないために最小限の編成も組めず、大会といってもコンクールの対象外で、演奏させてもらうだけという立場。それでも初めてのことなので、大きなステージやたくさんの観客たちを想像すると、つい練習に熱も入るってものだ。
お披露目する曲の中、僕の担当するトランペットのパートに、どうにもこうにもリズムが取りにくくて難儀する箇所があった。毎回、合奏練習のときも微妙にずれてしまうのだが、今の段階はこんな細かなことでいちいちストップすることはなく、なんとなく全体に迷惑をかけているような気がしていたし、自分でも納得できなかった。そこで同じ一年生のクラリネットの子にお願いをして一緒に合わせてもらうことにした。
彼女もその部分は苦手にしていたようで、二人して件の四小節をこれでもかというくらいに繰り返した。やがて大きくリズムを把握するコツを掴み始め、僕と彼女は見つめ合ったまま身体を揺らし、そして遂に完成の域に達した…あくまでも個人の感想ですが…のであった。
「やった!」と思ったそのときだった、彼女の笑顔から光の粒がキラキラと飛び散ったように見えて、こ、これはいったい何なんだ?え?惚れたのか?
今まで部活中はムラタとばかり話をしていたので、同じ部の女の子のことはまったく気にしていなかった。でもここで発見した、これこそが「惚れる」という感覚なのだ、ということを。
彼女の名前はルミ子ちゃん。
いつも微笑みを湛えているような優しい瞳、やや色白なのに健康的なつやのある肌、ほんの少し茶系の髪(もちろん自分の髪の色)、そのつややかな髪が良く映えるマッシュルームカット、大人っぽさの中に見え隠れするキュートな表情。まったくもう、次々とルミちゃんの素敵なところが言葉となって溢れてくる、まるで牛のよだれみたいに。そしてなんてことでしょう、ムラタと同じクラスなんだって。
さっそくその日の帰り道にムラタからルミちゃん情報を聞きだしたのは言うまでもない。
「ああ、あいつとは中学も一緒だった。でも、たしか中学時代の彼氏と今でもつき合っているはずだぞ」
ムラタくん、もう少し気を遣いなさいよ。
ともかくセルフ疑惑は晴れました。でも今日は家に帰って自分の部屋に入って、そして泣くでしょう。
日がすっかり短くなった秋空を見上げながら、僕は生まれて初めての失恋を味わっていました。
