母は15歳で親元を離れ、遠く離れた街の工場で働くことになった。

就職して1年。
16歳の時、警察の犯罪歴に残る初めての事件を起こす。
同じ寮に住むの友人の私物を盗んだそうだ。
『弁償をして和解した』と記録されていた。


19歳で妊娠し、土木の下請け工場を経営する父(二代目)と結婚する。
母は仕事を辞め、専業主婦となる。
妊娠中、母の親友とも言える友人がはるばる泊まりで遊びに来てくれた。
あろうことか、父と親友は身体の関係を持ってしまう。
それを知った母は半狂乱で親友を殴り倒した。
父は土下座し、親友の両親、母の両親とで話し合いをした。
親友の両親は深々と謝罪し、即座に親友を田舎に連れ帰り、見合い結婚をさせた。
親の愛を十分に感じられず育った母。
妊娠して結婚して。
新しい家族ができて、とても幸せを感じていた。
『もう、寂しくない。』
そう思えると思った矢先の裏切り。
自分が大切に思い、信頼していた人間二人から受けた裏切りは、どんなに堪え難い物だったことだろう…
母は離婚を申し出たが父や両親に説得され、『許す、忘れる』選択をした。
そして、20歳で姉を出産する。

私と姉は7学年の歳の差がある。
この歳の差は、母が受けた裏切りのショックも関係しているんだろう…

妊娠中に大事な人間から受けた裏切り。
これから築き上げて行くはずだった家族や家庭は母にとって『幸せ』を感じられるものではなくなってしまった。
私の母は、58歳。
中国地方の海に囲まれた小さな街で、二人姉妹の妹として産まれた。

祖母の兄夫婦の大きな家で、従兄弟である一郎おじさんと兄妹のように育つ。
祖父と祖母は共働き。
姉である節おばさんは小さい頃から膝が悪く、手術soon入院を繰り返していた。
医療費も大変だったことだろう。
しかし、幼い母は入院して手をかけて貰っている節おばさんが羨ましく見えた。
母はいつも寂しい思いをしていたそうだ。


中学を卒業して母は就職することになった。
就職先は祖母が決めた。
街の大きな紡績会社。
しかし、就職して3年は中部地方の工場で働くことが条件らしい。
15歳で親元を離れ、工場の寮で暮らすことになった。
私は車を降りておじさんに声をかけた。
「おじさん、どうしたの?」


またお母さんと喧嘩でもしたんでしょ?
で、「別れる」とか言って家出てったんでしょ?
お母さん車乗れないし、近くのデパートで時間潰してるだけだよビックリマーク
そんなことでいちいちうちまで来ないでよビックリマーク

心の中でそう思っていた私は、明らかに不機嫌そうな顔をしていたと思う…あせるあせる


「あぁ、きぃちゃん。
ちょっと相談したいことがあって…」
「はぁ…」
「実はお母さんがまたやっちゃって、裁判になるって通知が来たみたいなんだけど…」


また?
やっちゃって?
そっちかぁー はぁーDASH!

「そうなんだぁ。
いつ?」
「7月。
で、前の時に執行猶予3年になってて、今回は実刑になるだろうって弁護士さんに言われたみたいなんだ。
お母さん、それ聞いて『どっかに逃げるビックリマーク』ってふさぎこんじゃって…炅」


執行猶予3年っ?
って、何それ?


母は『クレプトマニア』
金銭的な問題はないのに万引きを繰り返してしまうのです…あせるあせるあせる
今までに何度も何度も万引き行為をして、謝罪とお金を払ってお店側が譲歩してくれたり、警察のお世話になったりしていた。
2年前の秋頃には警察に連行され、14日間拘留されていた。
でもまさか、執行猶予って?


「私それは知らないよビックリマーク
聞いてないよ?」
「前に拘留された時は、弁護士さんを付けて裁判をして執行猶予になったんだ。」
「そうなんだ…?」

私は14日間の拘留が刑だったんだと思い込んでいた。
刑法とか裁判とか、よく分からないしあせる

「前回のことをきぃちゃんが知ってることはお母さんは知らないし、今回も知られたくないビックリマークの一点張りなんだけど…」
「………」
「裁判の通知も見せてくれなくて、何もせずにふさぎこんじゃってるから、困っちゃって…
きぃちゃんお母さんを説得してくれないかな?」

お、重い………ビックリマーク
そんな大変なことになってるの?
説得って…
私に知られたくないって言ってるんだよね?
私から説得するってことは、私は知ってるってお母さんに言わなきゃいけないよね?
そうしたらお母さん、ホントに失踪しそう…
てか、裁判?
あぁ、交通違反の略式裁判みたいなやつかな?
裁判所に刑を聞きに行くだけだよねぇ?
ん?今回は実刑?
実刑って何?
執行猶予って何?


色んなことを一瞬で考えた。

私とおじさんは、雨が降っているにも関わらず玄関の軒下で話しこんでいた。
私は寒さでふと我に帰り、

「私が知ってしまったことをお母さんが知ったら、失踪しかねないよ。
何日かあけて、それとなく様子を見に会いに行ってみます。」

とだけ言った。

「ごめんね。
よろしく頼むよ。」

そう言って、おじさんは帰って行った。


60を過ぎたおじさん。
定年の後も、母との老後に備えて仕事を続けてくれていた。
毎日毎日朝早くから。

帰って行くおじさんの後ろ姿は、背中を丸めて小さく見えた。
疲れきって寂しそうな背中を見て、私は申し訳ない気持ちで一杯になった。