【北日本放送 天野龍之介さん】
立命館大学 文学部
出身地:大阪府
入学時期:大学3年の4月
声光塾入学から内定まで:1年4か月
アピールポイント:高校から始めた野球、アンダースロー、ピンチのときの火消し役、牛乳瓶集め、きゅうりの早切り、鉄道模型、酷道めぐり
アナウンサー就活を振り返って
私は中学3年生の頃から、アナウンサーという職業に憧れ、目指すようになりました。高校3年生から他スクールを受講し、大学2年生の秋には別のスクールへ。そして大学3年生の春、アナウンサーになるにはここしかない!と声光塾に入塾しました。入塾して間もなくESが通過し、自分の可能性を感じられたことを覚えています。そこから全国各地のインターンシップに参加し、ESの書き方や面接での受け答えを学びながら、少しずつ成長している実感を得るようになりました。
そして本選考へ。ESは通るようになり、面接も以前ほど緊張せず、自分らしく話せるようになっていました。初めて進んだ最終面接では不採用でしたが、「もう目の前まで来ている」と思っていました。しかし現実は甘くありませんでした。
最終面接で落ちた局は4局。何度も何度も最後の壁に阻まれ、気付けば応募できる局も少なくなっていました。
「アナウンサーという夢は叶わないのかもしれない」
そんな思いが頭をよぎるようになりました。そうした中、KNBの募集が8月に始まりました。
「これが最後になるかもしれない」と思いながら書類を提出し、最終面接へ進むことになりました。
そして面接の数日前。「滝に行って心身を清めたい人、募集!」
声光塾のグループラインに、そんなメッセージが送られてきました。別にスピリチュアルな人間ではありません(笑)。
それでも、「これは行くしかない。悪い流れも不安も全部流して、最後の面接に挑もう」と思い、奈良の山奥で滝行をしてきました。すると、今まで越えられなかった最終面接の壁を突破することができました!
それまで何度も何度も、鳴らない電話を待ち続けてきました。内定の電話がかかってきた瞬間、思わず自分の頬をつねったことを今でも覚えています。
「最後まで諦めなければ夢は叶う」
子どもの頃から何度も聞いてきたその言葉が、初めて現実になった瞬間でした。何度最終面接で落ちても、何度心が折れそうになっても、挑戦をやめなかった。だからこそ、内定を掴むことができたのだと思います。
もし今、思うような結果が出ずに苦しんでいる方がいたら、どうか最後まで諦めないでください。私自身、諦めかけた最後の最後に夢を叶えることができました。そして、その道のりを支えてくださった声光塾には、心から感謝しています。
受講した感想
私は大学3年生の春、声光塾に入学し、ESや面接対策を中心に指導していただきました。入学してすぐに、これまでなかなか通過できなかったESが通るようになり、自分自身の変化を実感しました。
特に印象に残っているのは、地方局のインターンシップ応募です。応募する全てのESを一つひとつ丁寧に添削していただき、動画課題がある局については構成や見せ方まで細かくアドバイスをいただきました。自分一人では思いつかない視点をたくさん教えていただき、安心して挑戦することができました。
声光塾の魅力は、何といってもES・面接対策の手厚さです。個別指導なので、毎回たっぷりと自分のためだけに時間を使っていただけます。そのため、強みや経験を深く掘り下げながら、納得のいく形で就職活動を進めることができました。
また、学業や部活動、アルバイトとの両立がしやすいことも大きな魅力です。私自身、部活動と教職課程に取り組みながら通塾していましたが、無理なく続けることができました。
さらに個別指導でありながら、ハロウィンやBBQなどのイベントも充実しており、同じ夢を持つ仲間と出会える機会が頻繁にあります。就職活動中は不安になることも多いですが、一緒に頑張る仲間の存在は大きな支えになりました。
アナウンサーを目指している方はもちろん、ESや面接に不安がある方にも、ぜひおすすめしたい塾です!
【声光塾 森本コメント】
「何度も最終面接で落ちるのは、悪いものが憑いているからかもしれない」
そう思い、滝行をすすめました。奈良の滝まで一緒に行き、水を浴びて体を清めた3日後にアナウンサー内定!私は喜ぶと同時に、こんなに効果があるのなら真冬に滝へ連れてくればよかったと後悔しました。
金足農業旋風にわいた夏の甲子園を見て、高校から野球を始めた天野くん。中学時代はソフトテニス部、メンバー入りは夢のまた夢という状況の中で、アンダースローに活路を見出し、高校3年では背番号をもらうことができました。苦労と工夫をした経験は、将来きっとスポーツの現場で生かせることでしょう。
インターンシップでは、九州、四国、北陸と多くの放送局でアナウンサーの方からのアドバイスを受けて自信を深め、モチベーションを高めることができました。富山県のテレビ局のインターンに参加した際、令和の米騒動で品薄となる中、「富富富」をはじめスーパーにはお米がズラリと並び、富山の懐の深さを知りました。
北日本放送はラテ兼営局、アナウンサーとしての仕事を幅広く経験することができます。令和の米騒動のときの富山県のように、頼りがいのある、どっしりとしたアナウンサーに成長してくれることでしょう。













