今日の透析ちゃん 13 | orizarot

今日の透析ちゃん 13

シャント手術というのは、腕の静脈に動脈を繋ぎ変える手術のことだ。

透析では1分間に牛乳瓶一本分ほどの血液を取り出す必要がある。
そのためには普通の静脈注射では間に合わないため、この手術を行う。
動脈は深いところにあるので、そこに刺すのは難しいし危険が伴うってことだな。
利き手ではない方の腕にこの手術を行うわけで、オレの場合は左腕。
ベッドの頭に「左腕 血圧計測/採血厳禁」と書かれていたのはこのためだ。
オレの腕には言ってみれば、第二の心臓が作られることになる。

手術は1週間後。
執刀は、例の女医ではないということなので安心。
オレはとても気持ちが落ち着いてきていた。
透析を受け入れてしまえば、あとは退院を待つだけだし、

それにシャント手術を受けてしまえばそこから退院が逆算できる。
どうやら月明けの2月には退院できそうだ。
日課の、車椅子でのフロア散歩も楽しい。

かつてここに担ぎ込まれた時のあの気分とは大違いだ。

「あー、オレ身障者になっちゃうんだな。すげえな」

オレは相変わらずテンションが高かった。
かっこいい障害者になるという命題は、無根拠な自信を抱かせた。
でもそれは、あくまで「無根拠」なんだ。

「岸さん、むくみがまだ取れませんね」
主治医はオレの脚を触診しつつ、フラットに聞いた。
「あ、そうですか…でも、カテーテルがあって歩けないので、

それでむくんでるってのもあると思いますが…」
「ちょっと尿量を見てみましょう」
主治医がオレの毎日の尿量をチェックする。
「減ってきてますね…やっぱり透析の導入は必要だと思いますよ。

じゃあ取りあえず利尿剤を増やしますので」


やっぱり透析の導入は必要だと『思いますよ』…?


「思いますよ」ということは、絶対的な最終通告じゃなかったのか?
もしかして、尿さえちゃんと出てたら透析しなくてもよかったってことか?
なんだよそれ、あんたがやれって言うから透析を決断したのに、

「思います」とかなんで、どうしてそういう、

今さらボカした言い方をするんだ!

オレが感じてる自信なんてものは所詮、強がりだ。
言葉尻を突いて、言いがかりもいいところだ。
簡単に吹き飛んでしまう。
これからも、何気ない一言で落ち込んだり

浮き上がったりすることがあるんだろう。

もう今日は恋人は帰ってしまった。
オレは彼女にメールする。

「オレはお前のために生きたい。だからこの、

ガタガタする気持ちをなんとかしたい。
わたしのために透析を受けろ、と言ってくれ。

そうしたらオレは透析を受け入れられる」

返信はすぐにやってくる。
この早さが愛ってやつだ。

「わたしのために透析を受けてください」


オレは納得した。
納得したことにした。
前にも書いたが、透析を受けるという現実を理性的に受け入れるなんてことは

まだまだ無理だし、もしかしたら一生無理かもしれない。
オレが今目の前に置いておくべきなのは、透析という現実ではなくて、
恋人と生きるという未来。
そのための努力だ。


手術当日。
ラジオの持ち込みはオッケーだと聞かされていたにもかかわらず取り上げられ、

しかも眼鏡まで取り上げられる。
手術は約40分。
その間、ただ待ってろっていうのかーーーーーー
手術初心者でビビリのオレには過酷な状況だが、その時はやってくる。
両親、恋人と共に車椅子で手術室へ向かう。
入る間際にオフクロとハグした。
オフクロとハグとか、どんだけぶりだろうな。
ちなみにシャント手術というのは、手術とは言ってるけど、

医者に言わせれば手術の間際にするような

簡単オブ簡単な行為らしい。ふはは。

手術室。
初めて入った。
中はひんやり寒くて、廊下にいくつもの部屋が並んでいる。
例えていうなら、スターツアーズの搭乗口みたいな感じだ。
その中の、一番奥の部屋に入る。

おー、テレビで見たような丸いライトがあるじゃないの。
あと、ドラマで見たのとおんなじように、

手術室の中って音楽が流れてんのね。
しーーーーーーーんと静かじゃなくてよかった。

患者の取り違いを防ぐために名前を言わされて、ベッドに寝る。
左腕を90度横に上げて、ひじの辺りに小さいカーテンが置かれる。
これでオレからは、オペの状況は見えない。
見えないっつっても、布一枚向こうで腕切られてるって思うと尋常ではない。
オレは果たして、卒倒したりせずにいられるのだろうか?
だって、意識がある中で腕開いて血管いじくるんだよ?!

「はい、じゃあまず麻酔を打ちます」

チクリと刺される痛み。
1本刺して、2本刺して、3本刺し…
このヘンから感覚が無くなる。
おお、いよいよか、いよいよ始まるんかーーーーーーう
わーーーーーーーー
まだか、わーーーわーーーーーー、わーーーーーーーーーー





「岸さん、もう始まってますよ」





うそん。

全く分からなかった。
さすが麻酔。
今回はカテーテルとは違うね。
とはいえ、血管を引っ張られる感覚は確かにある。
キモい。
どうにもこうにも我慢できなくて、手術中はずっと、

音楽に合わせて足先をハミングさせてた。
「寒いですか?」って看護婦さんに聞かれたので
「いや!大丈夫っす!」と元気よく答えた。
15分おきに看護婦さんが時間経過を教えてくれるので、

あとどのぐらいかかるのか読めて助かった。


手術は無事に終了。
これから明日の朝まで、左腕は動かしてはいけない。
トイレに行くときはまた看護婦さん呼ばないといけないんだな…
オレはそんなことをぼんやりと考えて、

そして恋人は手術の成功に泣いていた。


オレの部屋は6人部屋で、誰もが腎臓を痛めた患者だ。
糖尿病の人もいるし腎不全もいる。
とにかくみんな、シャントを腕に持つ人々だ。
そして、オレのこのシャントは、

これからくるであろう腎不全に備えたものではなく
身障者であるという「烙印」である。
つい3週間前まで。
3週間前までオレは健常者だった。
このブログを読んでいる大多数の人がそうであるように、

普通に起きて、働いて、寝ていた。
それが、オレの意志とは関係なく、

今後一生のものとして変化してしまう。
今後どうなるとはいえ、元通りに戻ることは絶対にない。
これは、一人で背負うにはあまりにも重たい。
オレの場合は家族と、それに、腎不全という障害を

受け入れてくれた恋人がいたから良かったけど、
青臭い言い方だがこういう時に初めて、
人は一人で生きてるんじゃないと思い知る。

今日と同じ明日がくるということは
本当に奇跡なんだと思うべきだ。
昨日と変わらない身体を持った自分をラッキーだと思うこと。
昨日と変わらず生きている自分をラッキーだと思うこと。

せめて今掴んでいるこの幸せは、

オレは手放さないようにしたいと思っている。


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つづく