ぶちとらのブログ

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愛猫2匹と暮らしています。

日々の生活で、その時思った事など書いています。

猫と同じで飼い主も気まぐれにつき^^

気が向いた時に更新しています。

 

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前のブログを書き終えた途端

突然の動悸と吐き気がして
どうにも続きを書く事が出来なくなった。

少し横になって安静にしていたら
おさまってきたけど。

どうしてこんなに弱くなってしまったのか。
自分でも本当に情けなくなってしまう。


とにかく書けるうちに書いておかなければ。
気を取り直して、続きを書く。


本震から2日後に
5匹と外猫1匹が全員姿を現してくれて
ひとまず安心した。

停電が続いて夜はロウソクの生活だった。
ガスはプロパンガスなので
なんとか使えるようになっていた。

明るい日中のうちに
家の中の片付けをしたり
買い出しに行かなければならなかった。

断水もしていたので
水が使えない困難な状況下での
片付けだった。

浴槽に前日の残り湯が入っていたので
これが何かと役に立った。
勿論、飲み水としては使えないが 
手洗いや、ちょっとした洗い物。
一番はトイレの水に使えた事が
本当に助かった。

近所の人達は
近くの川から水を汲んで来て
使っていたようだ。
毎日の生活をするのが
こんなに大変なのかと
思い知らされた日々だった。

1番の困難は買い出しだった。
店は開いている所もあったが
品物がほとんど無い状態。
流通が完全にストップしていて
なかなか入荷して来なかったのだ。

2時間並んで
やっとアンパン1個買える
ような有様で。
1人5個までとか数量制限されたり
並んでいる人達の間から
イライラが爆発して口論になったり
本当に本当に今思い返しても
惨めな光景でした。

本震から1週間過ぎて
ようやく電気が復旧した時の
嬉しさといったら。
言葉に出来ないくらいの感動でしたね。

その頃
うちの猫達の様子に変化が出ていた。

フードを食べなくなり
知り合いから、やっとの事で分けて貰った
缶詰にも口を付けなくなっていた。

全員、鼻水、くしゃみが酷くなっていて
外にいたであろう2日間
または、電気が止まっていた夜
寒くて風邪を引いてしまったのかと思った。

とにかく、このままでは
全員、体調不良でダウンしてしまいそう
だったので
掛かりつけの動物病院へ連れて行った。
それが3月18日。

まだ動物病院も通常の診療体制が
出来ない中での診察。
獣医さんにもご無理を言ったのに
心よく診てもらい
今でも本当に感謝しています。

次の日も回復は芳しくなく
食欲もなく、ずっと寝ている猫達。
困った。本当に困り果てた。

ガソリンが底をついてて
車に乗るのも、慎重になっていた。
本当に緊急な用事でなければ
車を動かす事も出来ない状態で。

ガソリンスタンドには
朝から長蛇の列が出来ていた。
自分の人生で生まれて初めての経験ばかり。
並ばないと物が手に入らない現実。

周りの人達には
人間でさえ生きるのがやっとなのに
猫どころじゃない。
あなた、何を考えてるの?
白い目で見られている様な気がした。

でも猫達を助けたい。ただそれだけだった。

車がダメなら徒歩か自転車で行くしかない。
覚悟を決めた私は
自転車の前カゴにキャリーケースを
2つ積み、ロープでガッツリ固定。
後にダンボール箱を固定して
洗濯ネットの中に入れた猫をダンボールへ。

3匹を連れて自転車で動物病院へ
片道12キロ往復した。
帰宅後、別の3匹を同じ様にして
また病院へ運んだ。

2回往復は、本当に辛かった。
でも自分の出来る事をしたかっただけ。
さすがに動物病院の先生も
私の完全防備の姿を見て驚いていたっけ。
帰り際にフードと缶詰(療養食)を
持たせてくれて
〇〇さんは、凄い!!
こんな人今まで見た事ないよ。と
言われてしまいました。笑
何とか回復してくれるといいなぁと。

2匹は元気に回復しました。
でも、残る2匹は年齢が幼かったせいも
あったと思います。
3月25日に息を引き取りました。

そして、翌月の4月7日。
夜に大きな余震が襲った日。
朝からクロの姿が見えなかった。
クロはチビ太のお母さん猫。
何回かの通院で体調が持ち直したと
思っていたのだけど。
前日から真っ直ぐに歩けなくなっていて
このまま自宅で、ゆっくり看取ってあげたほうがクロにとっては良いのかなと
考えていた日でした。

夜11時半過ぎに震度6強の余震が発生。
本震と同じか、もっと強かったように感じた。
あっという間に停電して
真っ暗の中
私は猫達を探し回っていた。

足元で何かにぶつかった感触があって
手に持っていた懐中電灯で照らしてみた。

そこには何かが倒れていて
もしかしたらと思い
名前を呼んで触ってみたら
既に冷たくなったクロだった。
 
守ってあげる事が出来なかった私。

あの時は仕方がなかった。
では済まされない私。

一生後悔の念を
持ち続けるでしょう。

絶対に忘れることはありません。


今、現在
当時いた猫で生存しているのは
チビ太だけになってしまった。
1番小さくて、病弱だったチビ太が
生き残っているのだから
不思議なことですね。

7年経って
やっと書くことが出来た。
苦しい7年だった。

やっと、やっと 
私の心の復興が出来るかもしれない。


みんなの顔は忘れない。
いつまでも一緒だよ。

ともに過ごした日々は永遠に。