初めまして、オリ子です。

ずっと疑ってたADHDを自己診断したところグレーゾーンだなと思ったので記録をつけてみようと思います。
衝動的、不注意、パニックがあります。

嫌な思い出はいっぱいありますが、ぜんぶ受け止めていきたいです。

ひとまず、ADHDを疑うような事件をのせます。

びっくり自分がワキガに思えて高校中退

高校一年生の頃、突然自分には体臭があるのではないかと思い始めました。
本当に臭うのです。
脇は勿論、服なども臭かったです。
最初は特に服が気になっていました。
親が離婚して築40年以上の祖母の家にいたのですが、お世辞にもキレイとは言えない家でした。
初めて来たときはお化け屋敷だと泣いたほど。。
もちろんタンスなども古い防臭グッズの臭いが充満していて、当時多感な時期にさしかかっていた私は悩みました。
服から脇の臭いに悩みが増えるのはそんなに時間がかからなかったと思います。
今思えば不思議なのですが、当時は「自分が臭いと周りに迷惑かける」としか考えていませんでした。
ワキガ治療で有名な病院にいき、「少しワキの臭いがするが制汗剤でカバーできるレベル」との診断でした。
また学校の先生からは「あなたは臭くない。先生の方がおばさんだから臭いわよ!」とまで言ってもらったのにそれでも信じられず、結局中退。
その後、半年ほど引きこもりのようになります。

びっくり自分がブサイクだから全てうまくいかない

臭いが気になって中退後、しばらく引きこもってる内に臭いに関しては徐々に気にならなくなってきました。
当時流行り始めたクリスタルストーン等、ワキガグッズも豊富でしたし、効果がありました。
しばらくして今度は自分がブサイクだから全てうまくいかないのではないかとは思うようになりました。
私は「二重のプチ整形」をしようと思い立ちます。
当時はアイプチをいつもしていたのですが、キレイにいかないのが悩みでした。
可愛くなればこのネガティヴな性格も全て直るかもしれない。
卑屈な自分を変えたい。
例え今までの友だちと会えなくなっても。
品川の美容外科で二重になったのでした。
腫れが落ち着いた時の顔は自分にとって理想で、アイプチしてないのに目が大きいことに感動しました。
これで強くなれると思いました。
10年経った今では糸が溶けたのか目がほぼ元どおりになってしまいましたが、当時の自信のつきっぷりは相当なものでした。
確かに男性からの評価もよくなりました。
そんな時、原宿でスカウトを受けました。

びっくり数万円の宣材料と再現VTR

原宿を歩いてる時、声をかけられました。
「芸能人に会えてテレビが出られる仕事があるよ」と。
ただし宣材料7万円くらいがかかるのと言われました。
世間知らずだった私は「芸能人に会う仕事だしそれくらいかかるのはしょうがないか!」と思いましたが、親に話したら案の定大反対。
そりゃ反対しますよね。怪しいですもん。
結局バイトで貯めて始めたのです。
当時やっていたバラエティ番組で再現VTRの役をやったり、有名人にいじられるなど、かなり刺激的な思い出でした。
しばらくして高校にまた行こうと思い始めたので、活動できないと思い自然と辞めました。

びっくりネットの文字だけで好きになる

高校一年生頃からネット掲示板にハマり、毎日のように見てました。
私は当時中高生が多い掲示板にいた固定ハンドルネームの20代中盤の人を好きになります。
掲示板でカリスマ的な意見を言う大人に思えたのです。
大好きになってたらあちらから付き合おうと言われすぐ付き合うことに。
ただ異性と手をつなぐことすら未経験で大阪と東京の遠距離だったため、何かもかもやられたい放題な1日を終えて別れました。
制服持ってきてと言われる時点で、「私が高校行ってる時の雰囲気がみたかったのかな?」くらいに思ってました。
でももちろん違います。
ほぼ無理矢理な最悪な初体験..
外だしすれば妊娠しない等ひどい嘘を間に受けました。
後々わかったのですが、この人が掲示板の有名な出会い厨で処女キラーなロリコンだったのです。
それでも懲りずに次の人もロリコンでネット掲示板で好きになって付き合い、1年くらいで別れてました。
それからもADHDの特性なのか断りきれずに関係を持ってしまうことも何回かありました。

びっくり愛人と手コキと大学

大学はお金がないからと親に反対されましたが、自尊心もなく、やりたいことが見つからなかった私は大学に行けなかったら就職もできない。人生終わりだとまで思いました。
結局、親の反対を押し切り自分で学費を払うという選択をします。
貯金はもちろんなかったので、キャバクラから始め、それでも足りない時は愛人、手コキ風俗、エッチなエステ、AVを始め荒稼ぎをするようになりました。
金銭感覚がなかった私は学費以外のお金を散財し、服やメイクに使うお金は大学生としてはすごいものだったと思います。

天真爛漫で元気な大学生と言われてた私は特に愛人の方は合っていたみたいです。
最初はご飯だけだったのが、しばらくしたら数人とホテルに行く関係になりました。
寂しくてお金がない私とお金はあるけど寂しそうなおじさん。
おじさんは就活の相談にも乗ってくれ、色々な高級ホテルに連れていってくれました。
大学で会った年上の人と付き合うことになりました。それでも学費のために手コキ風俗だけは続けました。
当時の彼には申し訳なかったですが、自分で選んでしまった以上、そうするしかありませんでした。
今思えば奨学金をもっとうまく使えばよかったのかもしれませんね。
そういったぶっとんでるところがADHDっぽいなと思います。

びっくり飛び込み営業した先の人と喧嘩
就活は酷いものでした。
銀行関係を受けるも全てダメ。
数十社にエントリーして受かったのは1社でした。
ここで私は営業職につきます。
営業では2部署を経験したのですが、福祉関係の営業は酷いものでした。
成果はあげられず、少ない取引先からは変な人に付きまとわれ、ラブレターが家に届くなど空回りしていました。
そんな私でしたが、異動した服や洗濯の部署では新人賞をもらうほど自分に合ってました。
飲食店への飛び込み営業なのですが、行けば行くほど契約できるのです。
社内では相当なおっちょこちょいだったので
「なんでお前なんかが」とよく言われました。
営業力ではなく、若さと根性だけでした。
ただ数字は取れても、いつも私は問題児でした。担当してくれる先輩がすぐ変わるのです。先輩に対して相当なストレスを与えていたんだと思います。
数字だけは取れてる私は調子にのり、天狗のような考え方になります。事務処理はダメダメだけど数字とれればいいじゃん!くらいになってました。
最悪ですねガーン
そんな時、飛び込み営業中に問題を起こします。
飛び込み営業したお店の人と喧嘩をしてしまうのです。
いつも冷たくされてるので慣れてるはずなのに名刺を投げられた瞬間に「そんなことして私がブログにでも書いたらどうするんですか?」ときれてしまったのです。
帰社後、すぐにお店から怒りの電話がかかってきました。
上司と一緒に謝りにいくことに..
自分が悪いのに怒ってしまうのは何故か。
自分でも自分のことがわからなかったです。