4月12日
夕食前に少しなら大丈夫かな、と卵サンドを食べました。
それから過食スイッチが入ってしまいました。
私は自分は過食症(嘔吐あり)だと認識してはいましたが、
それと同時に拒食症でもあるということには
気づいていなかったのかもしれません。
当然ですよね、一日に1食というような食生活を
何十年も続けてきたわけですから、いつも餓死状態なんですよね。
一日1食で平気なんていいながら、本当は本心は
いつも食べ物の事が頭でいっぱいです。
でも恐いんです。3食きちんと食事を取ることが。
会社で同僚たちと何度かお昼ごはんを食べようと頑張ってみましたが、
結局昼食を取った日はトイレで吐いてしまって、
一日全く仕事が手につかない状態になってしまいます。
昼食を取らなきゃ、というよりは皆に合わせなきゃ、
お昼一緒に食べなきゃ変な人と思われる、
ダイエットしてるとか影で言われる、陰口きっと言われる、と
そんな風にいつも周りを気にしていました。
もちろん、お昼を抜くことは体に良くないし、
人と一緒にご飯を食べるのは良いことだとわかっています。
でもそれをする事によって自分の一日のペースが乱れてしまい、
その日一日は全く仕事に身が入らなくなってしまう自分がいます。
なので思い切ってある時からお昼は皆と食べなくなりました。
そうすると気分が少し楽になりました。
最初の頃はそれについて色々と言ってくる人もいました。
私にとってはそうやって影で言われることよりも
皆と一緒に食事を取る時の方が
毎日毎日憂鬱で仕方ありませんでした。
でも結局は仕事が終わった後買い物をして夕食、過食嘔吐をする日々が続いていました。
それでも平日は次の日の仕事もあるので量は控えめにしていましたが、
その分その反動で週末は大量に過食、嘔吐してしまいます。
いつの日からか過食、嘔吐が私のストレス発散になっていたと思います。
何とか抜け出そうとヨガに行ったりプールで泳いだり、
大好きなピアノを弾いたりししても
なかなかここから抜け出せずにいます。
私のこの病気については母親は知っています。
初期の頃に吐いているのがばれてしまいました。
私の場合は、運良く倒れてしまったりという事もなくここまできたため
母も本当の私の状態をわかっていないと思います。
今でもたまに日本へ帰国した時はご飯はきちんと用意はしてくれます。
でも私が今でも変わらずにこんな事を続けているとは知りません。
というか、たまに聞かれるのですが治ったように嘘をついてしまいます。
もういい大人ですし、これ以上心配かけたくないからです。
母がこの病気に気づいた時、吐いたことをすごく責められて
「病気」ということをすごく強調されてしまい
自分がすごく悪いことをしているような気持ちになりました。
きちんと向き合ってもらえなかった、というような印象でした。
それだけではなく、母に対しては昔から愛情を感じることができませんでした。
きちんと育ててくれましたし、母は母なりに愛してくれたんでしょうが
多分私にはまだ足りなかったんでしょうね。
摂食障害は「心の病」で家族関係、人間関係、
特に両親との関係なんかが深く関わってくるとききますが、
どうなんでしょうね、今皆さんのブログを読みながら自分の事と重なる部分がいくつかあったりして。
まあ、どんな要因があろうと今まで真剣にこの病気と
向き合おうとしてこなかったのは私であり、誰のせいでもないと思います。
でもこうして意識をする、持ち始めたということは
私にとって大きな一歩だとそう思います。
最後は自分、自分を信じるしかないんですよね。