5月20日以来だから3カ月以上経つ・・・
多くの皆さんから、心配のメールを頂いたり
更新の催促を受けたり
そのたびに「そろそろ再開するわ」
とか言いつつも・・・
ここ3カ月で僕のジブチ生活はガラリと変わってしまった
何と言えば良いのか
感じとしては「思えば遠くに来たもんだ」
と言う歌詞が昔の歌にあったけど
そんな感じだ
当たり前だけど1年半もジブチに居る訳で
つまりは1年半も日本から離れてる訳で
自分の生活の軸がジブチになる
毎日、一緒に暮らすのはジブチの人で
腹を抱えて笑ったり、感動で涙したり、本気で掴みあいの喧嘩したり
そんな心と心を震え合わせるのはジブチの人だ
僕の中ではディニとかヤシンとかアーシャとか
日本での親友や仲間と同じように
一人一人が、かけがえのない友なのだけれど
一人で家に居たりすると
そう言えば彼らとは言葉も違うし肌の色も違う
って言う事を、ふと思い出す
別にそれはどうって事もないのだけれど
僕はずっとジブチにいる訳ではないし
彼らと一生の友である事は変わらないけれど
いつか別れの時がやって来る
逆に日本での仲間達とは疎遠になってるし
今と言う時を一緒に過ごしてる訳ではない
とここまで書いていて
実は単なるホームシックなのではないかと
思ってきた
多分、そうだ
これがホームシックって奴だろう
なので放っておこう
そう、この3カ月何をやってたか
5月後半のちょうどブログを更新しなかった頃から
自分のジブチでの夢を実現させるプロジェクト
を遂行していた
そう、ほとんどの人にはメールで流したけれど
ジブチに来る前からみんなに言っていた
「アフリカで本格的なミュージカルを開催する!」
の想いが本当に実現したのだ
去年ジブチに来て、そんな想いを本気で語っても
誰もが見向きもしてくれなかった
「できたら良いね」と優しく実現性のないことを暗に諭してくれた
自分でも
「自己満足の企画になりそうだし、ジブチの援助に関係ないからなあ」
と諦めかけていた
なのに、なのに
「やりました!やってしまいました!」
7月22日に沢山のお客様を招待し
演出も振付も音楽も全てがジブチの人が主導となり
ジブチの人によるジブチ初のミュージカルを
公演しました
しかも、公演名が
「Encouragement au JAPON!(日本に元気を!)」
日本の大震災復興をテーマに演出した
日本人にも伝わるようにセリフを使わない
音楽と振付と映像だけのミュージカル
ジブチの偉い方々を迎えTVにも新聞にも掲載され
多くの方々に感動してもらいました
何よりもずっと準備に携わってきた出演者や演出者たち
と共に深い達成感を味わえました
準備期間の2ヶ月の間に
それはもう、多くの問題と事件と感動があり
沢山あるので、また詳しく書いていきます
そんなこんなで過ごしてできた
本当の仲間たち
彼らとの繋がりは今まで出逢ったジブチの誰よりも濃く
ラマダン(断食期間)の8月の1カ月も
ほとんどが彼らと過ごしながら楽しく過ぎて行った
ラマダン明けのお祭りライードも終わり
(もちろん、彼らと一緒にお祭りをした)
僕の中では長い長いお祭り期間が終わった感じだ
そして、今年は去年より1カ月遅れての夏季休暇を9月の1カ月もらう
(週末からフランスに行ってきます、出演者の一人がフランス人で案内してくれる)
このホームシックは
ホームシックと言うより
祭りの後の淋しさなのかもしれない
まあ、とにかくなんだか寂しいのですよ
これを書いてる途中にも
仲間の彼らから何度も電話が掛って来てたのですが・・・
ミュージカルの練習風景を
練習を重ね、徐々に真剣な演技になっていきました
ちなみに彼女は出演者で唯一ジブチ人ではなくフランス人のオーディネット

最後のシーンでは子供達による日本の歌の合唱を披露
彼女は子供をまとめ、本番では指揮を務めたアーシャ

練習場所はジブチ唯一の芸術学校で
音楽は本番も生演奏です ピアノを弾いてくれたモハメッド

演技や振付も彼らが考えます
後姿は振付担当のバシエール

本番の合唱ではめちゃくちゃ緊張してました
練習中はアーシャに怒られながらも楽しく真面目な子供達

