朗読朗読って別に立派な朗読家に成りたい
訳ではないと言う方はいらっしゃるでしょう。当然のご意見ごもっともと存じます。しか~し、朗読は台詞を発する際の基礎と言えます。朗読できれば、特に素人投稿の題材などを読みますと、いわゆるプロ連中が書く文章は割と楽に読む事が出来ると気付きます。
”うっそお~“とお思いの方、是非ボイスハートにいらして下さい。我らが塾長小林通孝が、懇切丁寧に、手取り足取り(足は取らないかあ)、教えて差し上げます。
何度も言いますが、朗読と言うのはただ音読すればいいというものではありません。プロが読む以上”聴かせ“なくてはなりません。聴かせる為には喋る、つまり、ト書きの部分も含めて”喋る“様に読む事が大事になってきます。
そうしますと、普段朗読をやっている、又はその練習をしているならば、そのまま普段から、台詞の練習をしている、と言う事になります。ですからそれはそのままアテレコの際使えるスキルと言えます。
朗読が台詞の基本
と言うのは本当なんです。声の大小より、感情の大小が大事なんです。(^_-)-☆
「え~、そうは言っても声優さんて、アテレコの時、声でかいし、表現も大袈裟じゃないか⁉」
と、そう思ったそこのあなた!実に正しいです。
実はアテレコの際、この場面ではこれぐらいの迫力でというようなプランを音響さんなり演出さんなりが考えている訳ですが、そのレベルに声なり、演技なりが達しなければ、何度も何度も「やり直し」させられます(演出や監督が気に入るまで)。実は私も何度もやらされました。テヘッ
私は勘違いをしていたのです。副調整室という部屋には声の大きさを赤、黄、緑で表すメーターがあるのですが、
多分見た事あると思います。名前は・・・・・・長いので省略!いや、本当に 長いんだってえ~!おんがくすぺくとらむおーでぃお・・・・・・
とにかくこのメーターがですねえ、(まあレベルが黄色きゃいいか、勘でわかるし)とか思っていたんです。実際黄色以上レベルがいく声の感じは掴んでいたし。すぐ慣れる。そう、すぐ慣れるんです。メーターが黄色辺りを指すのは大体判ります。
でも違った。何が?迫力が、そして芝居が。
演出のじじいに、じゃあなかった音響監督に、「芝居がちが~う!レベルを気にしてんのか⁉、10年早いわ、振り切るのなんか気にせずにやれい!」と言われました。ああそうなんです、レベルじゃない、芝居なんです感情なんです。アテレコには求められる「感情」と迫力が必要なのでした。私には求められる感情と迫力が圧倒的に足りなかった。
メーターのLevelが達するか達しないかではなかった。「迫力」や「演技(感情)が肝心だったのです。それが出来ない人は声の大きさで胡麻化します。テンションの大きさで誤魔化すのです。声がでかい、表現が大袈裟な人は“声優”として出来上がっていない人と判断できます。もちろんそれでOKの場合もあります。ですが端(は)役で、そのシーンにしか登場しないが、その台詞切っ掛けで物語が動く様なシーンなら、当然迫力が必要です。でも私は何度やってもOKになりませんでした。「まだ抑えてるな!」と言われてしまいました。その後の事は・・・きかないで下さい。( ´∀` )
冷静に今思えば、足りなかったのは迫力とそして「感情」だったのだと思います。あのじじい、じゃなかった音響監督が物足りなさを感じたのは正にその辺りだったのでしょう。
そう言う点から、普段朗読の練習をしている事は感情を考える上で重要です。朗読が台詞の基本と言うのは本当なのです。
当てレコで大変なのは多分
入るタイミングです。画(え)が完成していれば画(え)に合わせます。でも、画(え)が完成していない事はよくあります。例えばコンテ絵と言ういわゆる線画が動く、色が付いていないアニメに声を当てる場合は切っ掛けが何か出ます。それはさておき、当てレコで大変なのは(マイクに)入るタイミングだけです。「だって芝居は大変じゃないか!」とお思いでしょう。ですがそれは、要望に合った芝居をすればいいだけです。
しかしタイミングが悪いと嫌われます。今は後から録音もできますが、あまり好かれません。かの堀川りょう氏は「入るタイミングより、会話を成立させることや」「ちょっとぐらい押しても会話を成立させる方が大事や」と直接お会いした際語っておられた。しかし、タイミングが悪いと会話もままならない、のも事実である。「きみ、ちょっとだけ入りが悪い」と言われたのも懐かしい。
タイミングは2回もやれば入れる。後は自分の芝居を思いっきりやればいい、のかな。そんな時に朗読を思い出すかどうかは兎も角、朗読していれば感情が出易いのは確かです。
朗読を習得したいな、と思ったら、貴方もボイスハートを是非一度のぞいてみてね。
週に一回、遠隔授業もはじめました。
この投書に対するコメントもお待ちしています。
それじゃあまたね。

