おれんぢです。



今日は全てが終わる日が少しずつ近いづいてくる実感があって、今ある状況、僕が持っている人間関係、全てがマボロシに過ぎないという事を思い出した日でありました。いつか皆僕の横を通り過ぎて、はるか遠くに行ってしまうのかなと思うと、場違い感が鮮明に頭をよぎりよりいっそう誰とも話せなくなってしまって、また塞ぎ込んでしまうのは社会不適合者の性なんですかね?






これを見ている人も僕から見える世界がどうなってるかなんて知ったことではないと思うのですが(そもそもこれを見ている人が僕以外にいるのか分かりませんが) 、僕には到底、他の人から見る世界がどのわように見えているのか想像もできません。もしかしたら未来が輝いて見える人もいるんでしょうか?どうなんでしょう。





これはわりと誰でも思ったことがあるんじゃないかなと思うんですが、とにかく僕は、誰も知らない場所で誰とも関わらず、ひっそり生きていたいなって思うんです。(あ、でもネットはやりたいのでパソコンと電波が欲しいです。我儘ですかね?他には何も、ジェットコースターも、ラーメンも、ゲーム機も、水族館も、カラオケもいらないんですけどね)


実際そうやって暮らすとどういう気分なんですかね。やっぱりそれはそれで嫌なものなんでしょうか?

せめて理論上の世界くらい、幸せな日々が送れる世界であってほしいな、と思います。そうでなかったら、あまりに救われない。僕達は僕達の知りえない場所に希望を見出しているのに過ぎないのであって、本当の希望はどこにも無いとか。



「あら、希望的観測は生きる上での最低条件よ?」
って葛城ミサトさんも言ってました。いや、そうなんです、そうなんですけど。

それ言ったら観測じゃなくなっちゃうじゃないですか。何言ってくれてるんですか。ねえ。